「女王アリ」と聞くと、どんな姿を思いうかべますか。王かんをかぶって巣のおくの玉座にすわり、たくさんの働きアリに「あれをしなさい」「これを運べ」と命令している――そんな、人間の王さまや女王さまのような姿かもしれません。
ところが本物の女王アリは、だれにも命令しません。家来をしたがえる王さまでもありません。では女王アリは、巣の中でいったい何をしているのでしょうか。
この記事では、女王アリの本当の役割と、働きアリとのちがい、そして「女王」という呼び名のうらにかくれた、巣のしくみを見ていきます。
女王アリって、どんなアリ?
一つの巣には、ふつう一匹(種類によっては数匹)の女王アリと、たくさんの働きアリがいます。働きアリは、その女王が産んだ娘たち。
じつは、ふだん巣をささえている働きアリは、女王もふくめて、ほとんどがメスです。
オスはいないの?
「メスばかり」と聞くと、オスはどこにいるの、と気になります。オスのアリは、繁殖の季節にだけ育てられ、結婚飛行で巣を飛び立っていく、いわば期間限定のアリです。
ふだんの巣の暮らしには加わりません(くわしくは羽アリの連載で)。だから、ふだん目にする働きアリの行列は、ほとんどがメスなのです。
女王の体は「産むこと」に特化している
女王アリは、働きアリよりも体が大きく、とくにおなかがどっしりとしています。そのおなかの中には、卵を産むための器官(卵巣)がぎっしりつまっています。
女王の毎日の仕事は、たった一つ、卵を産むこと。エサ集めも、巣の世話も、戦いも、そして命令も、女王はしません。それらはすべて、働きアリの仕事です。

では、なぜ「女王」と呼ぶの?
命令もしないのに、なぜ「女王」と呼ばれるのでしょう。じつは「女王」は、卵を産む役割の個体に、人間がつけた呼び名です。
人間の世界では「女王」は人々を治める地位ですが、アリの「女王」は、地位や身分ではなく、役割の名前なのです。
巣は「役割」で分かれている――カースト
アリの巣は、それぞれが決まった役割を持って成り立っています。卵を産む役割(女王、そして繁殖の季節に現れるオス)と、巣をささえる役割(働きアリ――エサ集め・子育て・そうじ・みはり)。
この役割の分かれ方を、カースト(役割分担)と呼びます。
上下関係ではない
大事なのは、どの役割が上で、どの役割が下、ということではない点です。女王は「えらいから命令する」のではなく、産むことに専門化した個体。
働きアリは「したがっている」のではなく、産むこと以外のすべてを引き受ける専門家です。巣は、産む役割を女王一匹に集中させ、ほかのみんなで育てる――という役割分担で回っています。
命令する者は、いない
女王が命令しないなら、だれが巣を動かしているのでしょう。おどろくことに、巣のだれも、全体を見わたして指図してはいません。それでも巣はちゃんと回ります。
中心に命令者がいないのに秩序が生まれる――
このふしぎは、それ自体が大きなテーマなので、別の記事でじっくり見ます。ここで覚えておきたいのは、女王は巣の支配者ではない、ということです。
同じたまごでも、ちがう姿に
ここからは、少し中学生や大人にも向けた、もう一段深い話です。
女王と働きアリは、どちらもメスです。では、二匹の運命は、どこで分かれるのでしょう。じつは多くのアリでは、女王になるか働きアリになるかは、生まれつき別のたまごだから決まるのではありません。
同じたまごから、女王にも働きアリにもなりうるのです。
同じ設計図(遺伝子)を持っていても、育つ環境によって、表れる姿が変わる。生きもののこういう性質を、表現型可塑性(ひょうげんがたかそせい)と呼びます。女王と働きアリのちがいは、その一つのあらわれです。
同じたまごが、なぜちがう姿に?
「同じたまごから、ちがう姿が生まれる」。これは、アリの女王と働きアリだけの話ではありません。同じ問いで、ほかの生きものともつながります。
ミツバチ:ローヤルゼリーが、女王をつくる
ミツバチも、女王バチと働きバチに分かれます。ところが、どちらも同じ受精卵から生まれます。ちがいを決めるのは、育て方。
幼虫のうちにローヤルゼリーという特別なエサをたっぷりあたえられた個体だけが、女王バチに育ちます。同じたまごでも、エサで運命が変わるのです。
カメ・ワニ:たまごの温度で、オスとメスが決まる
さらにおどろくのは、カメやワニのなかまです。種類によっては、生まれてくる子がオスになるかメスになるかが、たまごのあたためられる温度で決まります。同じたまごでも、まわりの環境がその後の姿を左右する――アリやハチと同じ、表現型可塑性の仲間です。

ことばの説明
- 女王アリ(じょおうアリ)……巣の中で、おもに卵を産む役割をになうメスのアリ。命令する支配者ではありません。
- 働きアリ(はたらきアリ)……エサ集め・子育て・そうじ・みはりなど、産むこと以外の仕事をするメスのアリ。
- カースト……一つの巣の中で、個体が役割ごとに分かれていること。アリでは「産む役割」と「巣をささえる役割」に分かれます。役割分担。
- ローヤルゼリー……ミツバチの幼虫にあたえられる特別なエサ。これで育った幼虫が女王バチになります。
- 表現型可塑性(ひょうげんがたかそせい)……同じ設計図(遺伝子)を持っていても、育つ環境によって表れる姿が変わる性質。女王と働きアリのちがい、ミツバチやカメ・ワニにも見られます。
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まとめ
女王アリは、命令する王さまではなく、おもに卵を産む役割をになう一匹だったのです。エサ集めも子育ても、みはりも働きアリの仕事。巣は「産む役割」と「ささえる役割」が分かれて成り立ち、この役割分担をカーストと呼びます。どちらが上でも下でもありません。
そして、女王になるか働きアリになるかは、生まれつきではなく、育つ環境で分かれると考えられています。同じたまごでも表れる姿が変わる――ミツバチやカメ・ワニにも見られるこの性質も、表現型可塑性なのでした。