庭や公園で、アリの行列にそっと手を近づけたあと。指先に、ツンとすっぱいようなにおいが残っていたことはありませんか。鼻の奥にくる、あの独特なにおい。あれは、アリが身を守るためにふきかけた酸(さん)のにおいです。
アリの武器は、ひとつではありません。大きなあごでかむアリ、酸をふきかけるアリ、針で刺すアリ。どれを持っているかは、種類によって違います。そして、その武器のどれもが、はじめから武器としてできたものではありませんでした。
この記事では、アリの三つの武器を並べて見たあと、その武器がどこから来たのかをたどります。
アリの武器は、三つある
アリの武器は、大きく分けて三つ。かむ、酸を出す、針で刺す。三つをそろって使うアリはいません。種類ごとに、手にしている道具が違います。
かむ ── 大顎(おおあご)
どのアリも持っているのが、顔の前についた大きなあご、大顎(おおあご)です。左右にはさみのように開き、獲物を切り、土をほり、卵や幼虫をそっと運ぶ。ふだんは、暮らしの道具です。
相手をはさむときには、そのまま武器になります。軍隊アリの兵アリのように、あごが大きく育ち、かむことに特化した種類もいます。
酸を出す ── 蟻酸(ぎさん)
クロオオアリやクロヤマアリのなかまは、針を持ちません。そのかわり、おなかの先にある小さな穴から、酸を勢いよくふきかけます。この酸が蟻酸(ぎさん)。ギ酸ともいいます。かみついた傷口に、酸をふきかけることもあります。
指に残るあのすっぱいにおいの正体が、蟻酸です。おもしろいのは名前の順番で、この物質はアリを材料に取り出されたため、そのまま「蟻の酸」と名づけられました。
アリが蟻酸をまねたのではありません。人が、アリから名前をもらったのです。
針で刺す ── 毒針(どくばり)
おなかの先に針を持ち、毒を送りこむアリもいます。日本の身近な種類ではオオハリアリ、外国から入ってきたヒアリがそうです。刺されると強い痛みがあります。
酸をふきかけるアリは針を持たず、針を持つアリは酸をふきかけません。このほかに、においのある液を出して相手をひるませるなかまもいます。武器は、種類ごとの持ちものなのです。

なぜ、武器の種類が違うのか
同じアリなのに、なぜ持っている武器が違うのでしょう。理由は、二つあります。
一つめの理由:武器は、もともと別の道具だった
大顎は、食べるための口の一部です。ものを切り、はさみ、運ぶための道具が、そのまま相手をはさむことにも使えました。武器として新しく生えたわけではありません。
針は、もっと意外です。アリの針は、卵を産み出すための管――産卵管(さんらんかん)が作りかえられたものです。卵を送り出す管が、毒を送りこむ管になりました。
刺せるのがメスだけなのは、オスにはもともと産卵管がないからです。私たちが庭で見かける働きアリは、すべてメス。刺すアリの巣で刺してくるのも、働きアリたちです。
二つめの理由:針をなくしたなかまは、酸に切りかえた
アリの進化の途中で、針を失ったグループがあります。クロオオアリやクロヤマアリをふくむ、身近なアリの多くがそうです。針はなくなっても、針のつけ根で毒を作っていた器官(きかん)は残りました。その器官が蟻酸を作り、おなかの先の穴からふきかけるしくみへと変わったのです。
刺すか、ふきかけるか。二つは別々に生まれた武器ではなく、同じ器官がたどった道の違いでした。
「いちばん強いアリはどれか」を決めたくなります。あごと酸と針は、役目のちがう道具です。比べるものさしが、そもそも違います。
庭のクロオオアリやクロヤマアリは、強くつかむとかみつき、酸をふきかけます。酸が目に入ると痛むため、顔に近づけて観察しないこと。オオハリアリやヒアリのように針を持つアリは、素手でさわらないこと。ヒアリらしいアリを見つけたときは、つかまえず、大人に知らせましょう。
もとの道具を作りかえる「外適応(がいてきおう)」
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段深い話です。
産卵管から毒針へ。毒を作る器官から、酸をふきかけるしくみへ。どちらにも共通しているのは、まったく新しい部品が体に付け足されたのではない、ということです。すでにある部品の役目が、途中で変わりました。
あるはたらきのために備わった体のつくりが、のちに別のはたらきに使われるようになること。これを外適応(がいてきおう)と呼びます。進化は、まっさらな設計図から都合のよい部品を作り出すわけではありません。
手もとにあるものを作りかえて、間に合わせる。だから武器の出どころをたどると、たいてい、武器ではないものにたどりつきます。
アリの針は、ハチの針と同じ由来です。ミツバチもスズメバチも、刺すのはメスだけ。アリがハチに近いなかまだからこそ、針の来歴まで共通しているのです。

小さな体の武器は、どこから生まれた?
もとの道具が作りかえられて武器になる。これは、アリだけの話ではありません。
ヘビの毒牙(どくが)
ヘビの毒は、口の奥にある腺(せん)で作られます。この腺は、もとをたどれば唾液(だえき)を作る腺が変化したものです。食べ物を消化するための液が、獲物を動けなくする毒へ。毒を送りこむ牙も、ふつうの歯が変わったものです。
ヤマアラシのとげ
背中をびっしりとおおう、太く硬いとげ。あれは、毛です。体をおおい、体温を保つための毛が、太く硬くなり、身を守る武器になりました。ハリネズミのとげも同じです。
牙も、とげも、針も、新しく生えてきた武器ではありません。もとからあるものの役目が、変わっただけ。アリの毒針は、その小さな一例です。
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ことばの説明
- 大顎(おおあご)……アリの顔の前にある、大きなあご。食べ物を切り、土をほり、幼虫を運ぶ道具。武器にもなる。
- 蟻酸(ぎさん)……ギ酸ともいう酸。アリを材料に取り出されたことから、この名がついた。針を持たないアリが、おなかの先からふきかける。
- 毒針(どくばり)……おなかの先にある、毒を送りこむ針。アリでは、メスだけが持つ。
- 産卵管(さんらんかん)……卵を産み出すための管。ハチやアリでは、これが毒針に作りかえられた。
- 外適応(がいてきおう)……あるはたらきのために備わった体のつくりが、のちに別のはたらきに使われるようになること。ヘビの毒牙やヤマアラシのとげも、その例。
まとめ
アリの武器は、かむ・酸を出す・針で刺すの三つでした。どのアリも大顎を持ち、酸をふきかけるアリは針を持たず、針を持つアリは酸をふきかけません。庭で会うクロオオアリは酸を、オオハリアリは針を使います。
その針は、卵を産むための管から生まれました。酸をふきかけるしくみは、針とともにあった毒の器官から生まれました。進化は新しい武器を一から作らず、手もとにある道具を作りかえます。
ヘビの毒牙は唾液の腺から、ヤマアラシのとげは毛から。そしてアリの毒針は、産卵管から。小さな体の武器は、はじめから武器だったのではなく、べつの役目を持つ道具の作りかえだったのです。