巣の入り口では、たくさんのアリが行き来しています。よく見ていると、同じ巣のアリはすいすいと通していくのに、よその巣から来たアリには、とつぜんかみついたり、追いはらったりすることがあります。
顔を見ているわけでも、名前を呼び合っているわけでもありません。それなのに、アリはどうやって「うちの巣の仲間」と「よそ者」を見分けているのでしょう。
じつはアリは、体の表面のにおいで見分けています。同じ巣のなかまは、みなよく似たにおいをまとっていて、そのにおいがちがう相手が来ると「よそ者だ」と気づくのです。
いわば、巣ごとの「合言葉(あいことば)」を、においで確かめ合っています。この記事では、そのにおいの正体と、見分けのしくみを見ていきます。
そもそも、アリはどうやって相手を確かめている?
アリは、目のよく見えない種類が多く、暗い地面の下でも暮らします。だから、相手の姿を見て仲間かどうかを決めているわけではありません。
アリどうしが出会うと、たがいに触角(しょっかく)――頭から出た、においを感じ取る器官――を、そっと相手の体に触れさせます。まるであいさつのように見えるこの動きで、アリは相手の体の表面のにおいをかいでいます。
そのにおいが自分の巣のにおいと同じなら、仲間として通します。ちがえば、よそ者として身がまえます。
研究者が、ある巣のアリを別の巣に入れてみると、そこのアリたちはすぐに気づいて、かみついたり、つまみ出そうとしたりします。見た目はそっくりな同じ種類のアリでも、においがちがうだけで、はっきり「よそ者」とあつかわれるのです。
なぜ、においで見分けられるの?
においで見分けられるのは、二つのことが組み合わさっているからです。
一つめ:同じ巣のなかまは、よく似たにおいをまとっている
同じ巣で暮らすアリたちは、たがいに体をなめ合ったり、口から口へ食べ物を分け合ったりして、しょっちゅう体に触れています。そうしているうちに、みんなのにおいが混ざり合って、巣ぜんたいで一つの似たにおいになっていきます。この共通のにおいが、その巣の「合言葉」です。
二つめ:そのにおいを「見本」として覚えている
アリは、自分の巣のにおいを見本(みほん)として体で覚えています。そして、出会った相手のにおいを、その見本と照らし合わせます。合っていれば仲間、ずれていればよそ者。この「覚えた見本と、今のにおいをくらべる」やり方だからこそ、一匹ずつ細かく調べなくても、すばやく見分けられるのです。

巣のにおいの正体「体表炭化水素」
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段深い話です。
アリの体の表面は、体表炭化水素(たいひょうたんかすいそ)という、うすいロウのような物質でおおわれています。もともとは、体が乾いてしまうのを防ぐための膜です。
ところがこの物質は、種類や割合の組み合わせが巣ごとに少しずつちがい、それが「におい」として、仲間かよそ者かを見分ける目印になっています。
しかも、この目印は一匹ごとにばらばらではありません。なめ合いや食べ物の分け合いを通じて、巣のメンバー全員のにおいが混ざり合い、巣ぜんたいで一つの共通したにおい――コロニー臭(しゅう)――になります。だからアリは、血のつながりを直接調べているわけではありません。
「同じにおいをまとっているか」で見分けているのです。じっさい、生まれてすぐによその巣で育てられたアリは、その巣のにおいを身につけて、仲間としてあつかわれることがあります。合言葉さえ同じなら、通してもらえるわけです。
このにおいのもとには、遺伝と、巣の材料や食べ物といった環境の両方が関わると考えられていて、どちらがどれくらい効いているかは、種によってちがいます。
まとめると、アリの見分けは、「共通の目印を、覚えた見本と照らし合わせて、自分の側とよそ者を分ける」しくみです。これは、生きものが自分と他者を区別するときに、広く使う考え方でもあります。
『身内』をどう見分ける?
「共通の目印で、自分の側とよそ者を見分ける」。これは、アリだけの話ではありません。同じしくみは、思いがけないところにもあります。
わたしたちの体の免疫
人間の体の中では、免疫(めんえき)というしくみがはたらいています。細胞の表面には目印になる物質があり、免疫はそれを照らし合わせて、「自分の体のものか、外から来たよそ者か」を見分けます。ウイルスや細菌など、目印のちがうものを見つけると、それを攻撃します。
共通の目印を見本とくらべて、身内とよそ者を分ける――アリの見分けと、同じ考え方です。
ヒツジの母と子
ヒツジの母親は、子どもが生まれてすぐ、そのにおいを覚えます。そして、においを手がかりに、自分の子とよその子を見分け、自分の子にだけ乳を飲ませます。
生まれた直後のにおいを見本として覚え、あとで照らし合わせる。アリが巣のにおいを覚えるのと、よく似たやり方です。
見た目や血のつながりそのものではなく、「目印が合うかどうか」で身内を見分ける。生きものは、いろいろな場面で、この確かめ方を使っているのです。

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ことばの説明
- 触角(しょっかく)……頭から出ていて、においやまわりのようすを感じ取る器官。アリはこれで相手のにおいを確かめる。
- 体表炭化水素(たいひょうたんかすいそ)……アリの体の表面をおおう、ロウのような物質。乾燥を防ぐとともに、巣ごとにちがう「におい」の目印になる。
- コロニー臭(コロニーしゅう)……巣のメンバーのにおいが混ざり合ってできた、巣ぜんたいで共通のにおい。仲間かどうかの「合言葉」になる。
- 免疫(めんえき)……体に入ってきたよそ者(ウイルスや細菌など)を見分けて、体を守るしくみ。
まとめ
アリは、顔や名前ではなく、体の表面のにおいで仲間とよそ者を見分けていました。出会った相手に触角で触れ、そのにおいを、自分の巣のにおいという見本と照らし合わせる。合えば仲間、ずれればよそ者、というわけです。
そのにおいの正体は、体をおおう体表炭化水素でした。なめ合いや食べ物の分け合いでみんなのにおいが混ざり合い、巣ぜんたいで一つの合言葉になります。
だからアリが見ているのは、血のつながりそのものではなく、「同じにおいをまとっているか」。合言葉が同じなら、仲間として通すのです。
そして、共通の目印で身内とよそ者を分けるやり方は、わたしたちの体の免疫にも、ヒツジの母子にもありました。姿を見なくても、覚えた見本と照らし合わせれば、自分の側が分かる。
アリの小さな「合言葉」は、生きものが広く使う見分けのしくみの、一つのあらわれだったのです。