アリの巣には、女王アリや働きアリのほかに、羽の生えたオスのアリもいます。結婚飛行(けっこんひこう)のころになると、巣から飛び立つあの姿です。ところが、そのオスのアリには、「父親」がいません。母親はちゃんといるのに、父親だけがいないのです。
おかしな話に聞こえるかもしれません。けれどこれは、アリのなかまが、わたしたち人間とはまったくちがうやり方で、オス・メスを決めているために起こることです。
カギをにぎるのは、卵が「受精したか、しなかったか」。この記事では、そのふしぎな性の決まり方を見ていきます。
アリの巣にいる、オスとメス
アリの巣でふだん見かける働きアリは、すべてメスです。卵を産む女王アリも、もちろんメス。ふだんの巣は、メスばかりでできています。
オスのアリが現れるのは、結婚飛行の季節だけです。オスは羽を持ち、新しい女王になるメスといっしょに空へ飛び立ちます。そして交尾(こうび)をすませると、オスはやがて命を終えます。ふだん目にしないので気づきにくいのですが、オスもまた、同じ巣で生まれたアリなのです。
では、そのオスは、どうやって生まれてくるのでしょう。ここに、人間とはちがうしくみがかくれています。
受精卵からはメス、未受精卵からはオス
まず、卵と精子(せいし)の話をします。ふつう、メスがつくった卵と、オスがつくった精子が結びつくことを、受精(じゅせい)といいます。受精してできた卵が、受精卵(じゅせいらん)です。人間をふくむ多くの生きものは、この受精卵から子どもが生まれます。
女王アリは、結婚飛行のときにオスからもらった精子を、体の中に一生分ためておきます。そして卵を産むとき、その精子を卵に結びつけて産むか、結びつけずに産むかで、生まれてくるアリがメスかオスかに分かれます。
精子と結びついた卵――受精卵からは、メスが生まれます。働きアリや、新しい女王になるメスです。受精卵は、母(女王)と父(オス)の両方から、体をつくる「設計図」をもらっています。
いっぽう、精子と結びつかなかった卵――未受精卵(みじゅせいらん)からは、オスが生まれます。未受精卵は、母だけから設計図をもらった卵です。父の分をもらっていません。だからオスのアリには、設計図をくれる父親が、はじめからいないのです。

だから、オスには「父親」がいない
オスは母だけから生まれるので、父親がいません。でも、母である女王には、ちゃんと父親がいました。ですからオスのアリにも、「母方のおじいさん」はいることになります。父はいないのに、おじいさんはいる。ふしぎな家系です。
さらにおもしろいことに、オスは自分の娘は持てますが、息子は持てません。オスの精子から生まれるのは受精卵、つまりメスばかりだからです。「父がいない」「息子もいない」――アリのオスは、そんな一風変わった立場にいます。

半倍数性(はんばいすうせい)
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段くわしい話です。
受精卵がメスに、未受精卵がオスになる。このアリやハチのなかま(ハチ目)に見られる性の決まり方を、半倍数性(はんばいすうせい)と呼びます。
わたしたち人間は、体をつくる設計図(染色体=せんしょくたい)を、父からと母から、二組ずつ受けついでいます。アリのメスも同じで、二組の設計図を持っています。ところがアリのオスは、母からもらった一組しか持っていません。オスは「半分の設計図」で生きている、というわけです。
人間のように、オス・メスを決める特別な染色体(性染色体)を使わないのが、このしくみの特徴です。
この半倍数性のおかげで、じつは働きアリにとって、妹はとくに近い血のつながりを持つ相手になります。それが「働きアリはなぜ、自分の子を産まずにはたらくのか」という話につながっていくのですが、そのくわしい中身は別の記事にゆずります。
なお、女王がいない種類のアリなど、これにあてはまらない例外も知られています。生きもののしくみは、いつも一通りとはかぎりません。
性別は、どうやって決まるの?
「卵が受精したかどうか」で性別が決まるのは、生きものの中の一つのやり方にすぎません。ほかの生きものは、まったくちがうやり方で、オス・メスを決めています。
ワニやカメ(温度で決まる)
ワニや、多くのカメは、卵をあたためる温度でオス・メスが決まります。これを温度依存性決定(おんどいぞんせいけってい)といいます。同じ親から産まれた卵でも、巣の中の温度によって、オスになったりメスになったりするのです。
どのくらいの温度でどちらになるかは、ワニやカメの種類によってちがいます。人間のように、生まれる前から設計図で決まっているわけではない、というのが驚きです。
クマノミ(とちゅうで変わる)
映画でおなじみのクマノミは、生まれたときはみなオスです。ところが、群れの中でいちばん体の大きな個体が、メスに変わります。そして、次に大きなオスとペアになって卵を産みます。
もしメスがいなくなると、残ったオスの中でいちばん大きな個体が、あらためてメスに変わります。クマノミにとって性別は、生まれたときに決まりきったものではなく、一生のとちゅうで変わりうるものなのです。
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ことばの説明
- 受精(じゅせい)……メスがつくった卵と、オスがつくった精子が結びつくこと。
- 受精卵(じゅせいらん)……受精してできた卵。アリでは、ここからメスが生まれます。
- 未受精卵(みじゅせいらん)……精子と結びつかなかった卵。アリでは、ここからオスが生まれます。
- 半倍数性(はんばいすうせい)……受精卵がメス、未受精卵がオスになる、アリ・ハチのなかまの性の決まり方。オスは母からの設計図を一組だけ持ちます。
- 性染色体(せいせんしょくたい)……人間などで、オス・メスを決めるはたらきを持つ染色体。アリのなかまは、これを使いません。
- 結婚飛行(けっこんひこう)……新しい女王とオスが巣から飛び立ち、空で交尾する行動。人間の結婚と同じ意味ではなく、繁殖のための行動をさす言葉です。
- 温度依存性決定(おんどいぞんせいけってい)……卵をあたためる温度で、オス・メスが決まるしくみ。ワニや多くのカメに見られます。
まとめ
アリのオスは、未受精卵――精子と結びつかなかった卵から生まれます。母だけから設計図をもらうので、設計図をくれる父親がいません。
いっぽう受精卵からはメスが生まれ、こちらは父と母の両方から設計図をもらっています。この受精卵と未受精卵で性別が分かれるしくみが、半倍数性でした。
人間が男性・女性を性染色体で決めるのとは、まるでちがうやり方です。そして生きものの世界を見わたせば、ワニやカメは卵の温度で、クマノミは一生のとちゅうで、それぞれまったくちがうやり方で性別を決めていました。
「あたりまえ」に思える性別の決まり方も、生きものによって、こんなにも多彩です。アリのオスに父親がいないという話も、その大きなふしぎの、ひとつのあらわれだったのです。
