公園でアリを見つけて、「これは何アリだろう」と図鑑(ずかん)を開いてみる。ところが、ページをめくってもめくっても、小さくて黒いアリばかり。どれも同じに見えて、自分の見つけたアリがどれなのか分からなくなる――そんな経験はありませんか。
じつは、いちばん先に目に入る「色」や「大きさ」は、アリの種類を見分けるとき、あまりあてになりません。図鑑を作っている人たちが見ているのは、もっと別の、思いがけないところです。
この記事では、アリの図鑑を上手に使うために、体のどこを、どんな順番で見るとよいのかを見ていきます。
図鑑は「見るところ」で引く
アリの図鑑は、ただ写真を並べた本ではありません。「ここを見ると、このなかまだと分かる」という観察のポイントで、種類が整理してあります。だから図鑑を引くときも、色をながめて似た写真をさがすのではなく、決まった場所を順番にたしかめていくのがコツです。
見分けの五つのポイント
見るところは、大きく分けて五つ。大きさと色、こし、触角(しょっかく)、とげや毛、そして、どこで何をしていたか。うつろいやすい特徴から、変わりにくい特徴へと、順番に見ていきましょう。
大きさ・色
いちばん見やすいのは、やはり大きさと色です。図鑑を引く入口としては、これで十分。「一センチくらいで黒い」「五ミリくらいで赤茶色」と、だいたいの見当をつけます。
ただし、ここで種類を決めてしまってはいけません。同じ巣の中でも、体の大きい働きアリと小さい働きアリがいる種類がいます。さなぎから出てきたばかりのアリは、色がうすくて白っぽく見えることもあります。
色と大きさは、その日その時で変わって見える、うつろいやすい特徴なのです。だから、ここではあくまで「あたり」をつけるだけ。この先の、変わりにくい特徴でたしかめていきます。
こし(腹柄節)
アリの体は、胸とおなかのあいだが、きゅっと細くくびれています。このくびれのところに、小さなこぶ(ふくらみ)があります。これを腹柄節(ふくへいせつ)といいます。
この腹柄節が、こぶ一つのなかまと、こぶ二つのなかまに分かれます。上から見ると分かりにくいので、アリを横から見るのがコツです。こぶの数は、育ち方や季節では変わりません。
だから、色や大きさよりずっと頼りになる、見分けの大きな分かれ道になります。
触角
多くのアリの触角は、とちゅうで「く」の字にカクッと折れ曲がっています。まっすぐ一本ではなく、ひじのように曲がっているのが目じるしです。
さらに、触角の先のほうがバットのように太くなっている種類もいます。折れ方や、節(ふし)の数、先のふくらみ方は、なかまによってだいたい決まっているので、よい手がかりになります。
とげ・毛
胸のあたりに、とげが出ているアリがいます。体じゅうに毛が多いアリもいます。とげのあるなしや、毛の多さも、大事な観察ポイントです。見た目の印象ではなく、「とげがあるか・ないか」と、あるかないかで答えられる形にして見るのがコツです。
場所・行動
意外と忘れがちなのが、そのアリを「どこで・いつ・何をしているとき」に見つけたか、です。木の上にいたのか、地面を歩いていたのか、家の中だったのか。一匹きりだったのか、行列を作っていたのか。
生きものは、種類ごとに暮らす場所やくせがちがいます。体のつくりと、この暮らしの手がかりを合わせると、ぐっと種類に近づけます。

見分けには、限界もある
ここまでの五つを全部たしかめても、それでも種類を一つに決められないことがあります。よく似たアリはとても多く、専門家が顕微鏡(けんびきょう)でのぞいて、やっと区別できるものもいます。
そんなときは、無理に名前を決めないことが大切です。「とげのある、こぶ二つのなかま」というところまで分かれば、それで立派な観察です。あとは、信頼できる図鑑や、くわしい大人に相談しましょう。
分からないことを「分からない」と正直に残すのも、科学の大事な作法です。

候補をしぼる「検索表」
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段深い話です。
図鑑の「見分け方」のページは、じつはある決まったしくみでできています。「腹柄節はこぶ一つ? 二つ?」「触角は折れている?」というように、変わりにくい特徴について「AかBか」の質問を、順番にくり返していく。
答えを選ぶたびに候補がだんだんしぼられていき、最後に一つにたどりつく。このしくみを検索表(けんさくひょう)と呼びます。
大切なのは、質問に使う特徴の選び方です。色や大きさのような、育ち方や季節で変わってしまう特徴は、質問にはあまり向きません。
腹柄節の数や触角の形のような、変わりにくい特徴こそが、見分けの決め手になります。こうした「見分けに役立つ、変わりにくい特徴」を、識別形質(しきべつけいしつ)といいます。
生きものを見分けるコツは、うつろいやすい見た目ではなく、変わりにくい特徴を、順番に見ていくこと。アリの図鑑は、まさにこの考え方でできているのです。
観察するとき、何を見ると分類に近づける?
「変わりにくい特徴を、順番に見ていく」。この見分け方は、アリだけのものではありません。ほかの生きものの図鑑も、同じ考え方でできています。
植物の図鑑
草花を見分けるとき、つい花の色に目がいきます。ですが、花の色は日当たりや時期で変わったり、同じ種類でも色ちがいがあったりします。植物の図鑑がよく見るのは、葉のつき方(向かい合っているか、互い違いか)や、葉のふちのギザギザ、葉脈(ようみゃく)のはしり方です。
花がさいていない季節でも見分けられる、変わりにくい特徴を手がかりにしているのです。
野鳥(やちょう)
鳥を見分けるときも、羽の色だけには頼りません。くちばしの形、体の大きさ、鳴き声、そして、いつ・どこで見たか。こうした手がかりを組み合わせて、種類にせまります。
一つの印象で決めず、変わりにくい特徴をいくつも重ねる。アリの図鑑の引き方と、まったく同じ考え方です。
ことばの説明
- 腹柄節(ふくへいせつ)……アリの胸とおなかのあいだにある、小さなこぶ。一つのなかまと二つのなかまがいて、見分けの大きな手がかりになる。
- 触角(しょっかく)……頭から出て、においやまわりのようすを感じる器官。多くのアリでは「く」の字に折れ曲がる。
- 検索表(けんさくひょう)……変わりにくい特徴について「AかBか」の質問を順番にくり返し、候補をしぼって種類にたどりつくしくみ。図鑑の見分け方のもとになっている。
- 識別形質(しきべつけいしつ)……種類を見分けるのに役立つ、育ち方や季節で変わりにくい特徴。アリでは腹柄節の数や触角の形など。
まとめ
アリの図鑑は、色をながめて似た写真をさがす本ではなく、「体のどこを見るか」で引く本でした。
まず大きさと色であたりをつけ、そこからこしのこぶの数、触角の形、とげや毛、そして暮らしている場所を重ねていく。うつろいやすい特徴から、変わりにくい特徴へと見ていくのが、種類に近づく道すじです。
それでも決められないときは、無理に名前をつけず、「〜のなかま」まででとどめてよいのです。この「変わりにくい特徴を順番にしぼる」やり方は、検索表(けんさくひょう)と呼ばれ、植物でも鳥でも、生きものの図鑑に共通するしくみでした。
見た目の第一印象だけでは決めない――そこに、生きものを見分けるおもしろさと、たしかさがあったのです。