「夏休みの自由研究、アリにしよう」。
そう決めて庭や公園に出れば、アリはたいてい見つかります。列を作って歩き、何かを運び、地面のすき間へ消えていく。ところが、ノートを開いたところで手が止まります。アリの、何を調べればいいのだろう。
「アリを観察しました。行列を作っていました」。これでは、見たことをそのまま書き写しただけです。写真をたくさん並べても、同じところで止まります。
分かれ目は、めずらしいアリでも、りっぱな道具でもありません。くらべられる問いを、一つ立てられたかどうかです。この記事では、身近なアリで安全にできる観察テーマと、その問いの作り方を見ていきます。
自由研究になるのは、どんな問い?
「アリを調べる」は、まだテーマではありません。テーマは、問いの形をしているものです。
「見ました」で終わる問いは、そこで止まる
「アリは何を運ぶのか」。これを問いにすると、運んでいた物を書き出して終わりになりがちです。答えが一つに決まらず、どこまで調べれば終わりなのかも決まりません。
そこで、答えが二つに分かれる形にしてみます。「アリは、砂糖水とけずりぶしの、どちらへ多く集まるか」。こうすると、始める前に予想が立ちます。そして、結果が予想と合うか外れるかが、はっきり決まります。ここではじめて、研究の形になります。
予想は、外れてかまわない
予想とちがう結果が出ると、書き直したくなります。しかし、外れた予想には値打ちがあります。「甘い物に来ると思ったのに、けずりぶしにも同じくらい来た」。そこから、次の問いが生まれます。時刻がちがったのか。巣までの近さがちがったのか。
ノートは、予想/やったこと/結果/考えたこと、の四つに分けて書きます。分からなかったことを「分からなかった」と正直に残すのも、科学の作法です。
安全に観察できるテーマ集
道具はほとんど要りません。ノートと時計、そして「くらべる」という考え方だけです。飼育キットで巣ごと育てる方法もありますが、生きものを飼うことには、最後まで世話をする責任がついてきます。まずは、そこにいるアリを、そのまま見るところから。
テーマ1_行列は、道をなぞると乱れるか
行列を見つけたら、列を横切るように、ぬらした葉やティッシュで地面をそっと一度なでます。アリを押しつぶさないように。そのあと、列がどうなるかを時計で見ます。すぐ元にもどるか、しばらくうろうろするか。もどるまで何秒かかったか。
要点は、くらべることです。同じことを、コンクリートの上と土の上で。日なたと日かげで。列の太いところと細いところで。数字がいくつか並んだとき、はじめて何かが言えます。
アリが何をたどって歩いているのかは、別の記事で紹介します。じゃまをするのは短く一度だけにして、終わったらそのままにしておきます。
テーマ2_どちらへ多く来るか
小さな紙を二枚、少しはなして置き、片方に砂糖水をほんの少し、もう片方にけずりぶしをほんの少し。10分ごとに、それぞれへ来ているアリの数を数えます。
置き方に気をつけます。二枚の紙は、同じ時刻に、同じ大きさで、同じ日あたりの場所に。片方だけ日なた、では、食べ物のちがいなのか、場所のちがいなのかが分からなくなります。
食べ物は、ほんの少しだけ。終わったら必ず持ち帰ります。家の中や、家のすぐそばでは行いません。
テーマ3_巣の入口の地図をつくる
掘りません。巣は掘ると壊れ、アリの暮らしも、その先の記録も、そこで終わります。
かわりに、地面を歩いて入口をさがし、地図に印をつけます。いくつあるか。日なたか、日かげか。石やタイルの下か。朝と夕方で、出入りの多さは変わるか。同じ場所を何日か続けて見ると、地図のほうが変わっていきます。
見なれない形や色のアリを見つけても、つまんだり、巣をつついたりはしません。写真を撮るだけにして、大人に相談しましょう。安全なところからでも、観察はじゅうぶんにできます。

くらべるときは、変えるのは一つだけ(対照実験)
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段深い話です。
三つのテーマに共通していたのは、「くらべる」でした。なぜ、くらべると何かが言えるのでしょう。
砂糖水を日なたに、けずりぶしを日かげに置いたとします。砂糖水に多く来ました。これで「アリは甘い物が好き」と言えるでしょうか。言えません。日なたに来ただけかもしれないからです。原因になりそうなものが二つ同時に変わっていると、どちらのせいなのかを切り分けられません。
だから、調べたいこと以外の条件はそろえます。変えるのは一つだけ。そのうえで、くらべるための相手を用意する。この相手を対照(たいしょう)といい、こうした形の実験を対照実験(たいしょうじっけん)と呼びます。
もう一つ。
一回の結果は、偶然かもしれません。日を変えて何度かくり返し、同じ向きの結果が出るかを見ます。ばらつきの中にも同じ傾向が残るなら、偶然ではなさそうだ、と言えるようになります。
自由研究が科学になるのは、めずらしい結果が出たときではありません。この形を持っているときです。

観察から、科学の問いはどう作られる?
くらべる相手を用意する。これはアリだけの話ではありません。名前の残っている研究も、同じ形をしています。
ミツバチ
ミツバチは花の色を見分けているのか、それとも明るさのちがいを見ているだけなのか。二十世紀のはじめ、カール・フォン・フリッシュは、青い紙の上に砂糖水を置いて、ハチに覚えさせました。
そのあと砂糖水を取り去り、青い紙と、濃さのちがう灰色の紙を何枚も並べます。ハチが明るさだけを手がかりにしているなら、どれかの灰色にも同じように来るはずです。ハチは、青い紙に集まりました。ここでは、灰色の紙が、くらべる相手になっています。
ダンゴムシ
ダンゴムシは、曲がり角で右に曲がると、次の角では左へ曲がることが多く知られています。交替性転向反応(こうたいせいてんこうはんのう)と呼ばれる性質です。「たまたまでは?」と言われたら、どう答えるか。
角をいくつも通してもらい、右左の並びを記録して、でたらめに曲がっていたらこうなるはず、という予想とくらべます。ここでのくらべる相手は、紙ではなく「ぐうぜんならこうなる」という数字です。
問いを、くらべられる形にする。道具や場所はちがっても、やっていることは、庭のアリで始められることと同じです。
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ことばの説明
- 仮説(かせつ)……観察から立てた、確かめられる形の予想。「〜なら、〜になるはず」と書ければ、確かめられます。
- 対照(たいしょう)……くらべるために用意する相手。調べたい条件だけがちがうようにします。
- 対照実験(たいしょうじっけん)……調べたいこと以外の条件をそろえ、対照とくらべて確かめる実験。
- 道しるべフェロモン(みちしるべフェロモン)……アリが地面につけ、仲間がたどるにおいの物質。行列のもとになります。
- 交替性転向反応(こうたいせいてんこうはんのう)……ダンゴムシなどが、曲がり角で前とは反対の向きへ曲がりやすい性質。
まとめ
自由研究のいちばんの山は、アリを見つけることでも、めずらしい行動に出会うことでもありませんでした。「アリを調べる」を、くらべられる一つの問いに直すところです。
行列を横切ってなぞる、二つの食べ物を並べる、入口の地図をつくる。どれも道具はほとんど要らず、巣を掘る必要もありません。
そして、くらべるときは、変えるのは一つだけ。この一行を守るだけで、ノートに並んだ数字は、ただの記録から証拠に変わります。予想が外れたら、外れたと書けばよいのです。それも立派な結果です。
小さな庭でも、科学のやり方はまるごと使えます。自由研究を科学にするのは、めずらしさではなく、くらべる形だったのです。