体長2〜3ミリしかない、小さな茶色いアリがいます。このアリは、ヨーロッパの地中海(ちちゅうかい)ぞいで、フランスやスペインからポルトガルまで、6000キロメートル以上にわたってつながった、一つの群れをつくっています。
何百キロもはなれた巣のアリどうしが、出会っても争いません。
このアリの名前は、アルゼンチンアリ。もともと日本にはいなかった外来種(がいらいしゅ)で、運ばれた先で「スーパーコロニー」と呼ばれる巨大な群れをつくることで知られています。
ふつう、アリは巣ごとになわばりを持ち、よその巣のアリとは争うもの。それなのに、なぜこのアリだけ、地域まるごとが一つの群れになれるのでしょう。
この記事では、アルゼンチンアリとは何者なのか、そしてなぜそこまで大きな群れになれるのかを見ていきます。
アルゼンチンアリって、どんなアリ?
アルゼンチンアリは、南米生まれのアリです。名前はアルゼンチンですが、住んでいたのはアルゼンチン北部だけではなく、ブラジル南部、ウルグアイ、パラグアイあたりまで。川ぞいの草原にくらす、ありふれたアリの一種でした。
それが、この150年ほどのあいだに、船の荷物にまぎれて世界中へ運ばれました。今では、南極(なんきょく)をのぞくすべての大陸に住みついています。日本にやってきたのは1993年。
広島県廿日市市(はつかいちし)で初めて見つかり、輸入された木材やコンテナにまぎれて上陸したと考えられています。その後もじわじわと広がり、今では十あまりの都府県で確認されています。
在来(ざいらい)のアリを追いはらってしまうなど生態系(せいたいけい)への心配があるため、日本では法律で「特定外来生物(とくていがいらいせいぶつ)」に指定され、飼ったり生きたまま運んだりすることが禁じられています。
もし庭先などで見かけても、自分でつかまえたり運んだりせず、大人に相談しましょう。
スーパーコロニーって、なに?
ふつうのアリは、巣ごとに家族がまとまっていて、よその巣のアリが来ると争います。ところがアルゼンチンアリは、運ばれた先では、この争いがほとんど起きません。たくさんの巣が行列でつながり、アリたちは巣から巣へ自由に行き来して、地域全体で一つの大きな群れになります。
この巨大な群れを、スーパーコロニーと呼びます。
一つの巣に女王が何百、何千といることもめずらしくありません。羽アリを飛ばして遠くで新しい巣をつくるのではなく、巣のなかで交尾(こうび)をすませ、群れの一部がとなりへにじり出るようにして、少しずつ範囲を広げていきます。空を飛ぶ羽アリの旅立ちについては、別の記事でくわしく紹介します。
なぜ、そんなに大きな群れになれるの?
カギは、「争わない」ことにあります。争いに力を使わずにすむぶん、数を増やし、なわばりを広げていけるのです。では、なぜ争わないのでしょう。
おどろくことに、原産地(げんさんち)の南米では、アルゼンチンアリも巣どうしでふつうに争います。地域まるごとが一つになるのは、運ばれた先だけで起きる出来事です。
その理由は、世界に運ばれたのが、ごく少数のアリだったからだと考えられています。少ない先祖から増えた集団は、一匹一匹がとてもよく似ています。
アリは、体の表面をおおう化学物質を手がかりに、相手が同じ巣の仲間かよそ者かを見分けています。ところが、みんなが似かよっていると、遠くの巣のアリでも「よそ者」と感じられず、仲間として受け入れてしまう。
こうして、「仲間」の輪が地域全体へと広がっていくのです。アリが仲間とよそ者をどう見分けているのか、そのしくみは別の記事で見ていきます。

もう少しくわしく:単一コロニー性というあり方
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段深い話です。
ふつうのアリの社会は、巣ごとに区切られています。よその巣とは争い、なわばりがはっきりしている。このあり方を、多コロニー性(たコロニーせい)と呼びます。いっぽう、アルゼンチンアリが侵入先でつくる社会は、巣の区切りがなく、アリたちが自由に混ざり合って一つの巨大な群れになっています。
このあり方を、単一コロニー性(たんいつコロニーせい)、またはユニコロニーと呼びます。
単一コロニー性を生むきっかけは、世界へ運ばれるときに通った、せまい「入口」です。ごく少数の個体だけが新天地の出発点になると、その子孫たちは、もとの集団にくらべて個体どうしのちがいの幅(=遺伝的な多様性)が小さくなります。これを創始者効果(そうしししゃこうか)と呼びます。
ちがいが小さくなると、仲間を見分ける手がかりも似かよい、よそ者との区別がつかなくなる。争う理由が消え、巣と巣の境目もなくなる、というわけです。
研究では、ヨーロッパ・日本・アメリカ西海岸といった、遠くはなれた地域のアリどうしを出会わせても、たがいに争わなかったと報告されています。もしそうなら、この群れは大陸をまたぐほどの規模になっていることになります。
どこまでを一つの群れと見るかについては調べている途中の部分もあり、はっきり決まってはいませんが、いずれにしても、巨大な群れの正体は「強さ」ではなく、「ちがいの小ささ」が生んだものだといえます。

群れは、どこまで大きくなれる?
「ちがいが小さいほど、自分とほかの境目が消えて、一つの巨大なまとまりになる」。この考え方は、アリだけの話ではありません。同じ目で見ると、思いがけない生きものたちとつながります。
パンド(一本の木でできた林)
アメリカ・ユタ州に、パンドと呼ばれるポプラの林があります。見た目は約47000本の木が生えた、ふつうの林。ところがこの木々は、地下でつながった根から生えた、すべて同じ遺伝情報を持つ分身(クローン)です。つまり、林ぜんたいがたった一本の木。
広さは43ヘクタールにおよび、地球でもっとも大きく重い生きものの一つとされています。パンドとはラテン語で「私は広がる」という意味。ちがいがまったくない(同じ木だから)ために、林という大きさで一つの生きものになっている例です。
サメ湾(わん)の海草(うみくさ)
オーストラリアのサメ湾の海の底には、約180キロメートルにわたって広がる海草の草原があります。これも、たった一株から分身でふえた、一つのクローンだと分かりました。
年れいは少なくとも4500年。世界でもっとも大きな植物とされています。海底で横へ横へと伸び続け、湾いっぱいの草原が、まるごと一株になったのです。
パンドやサメ湾の海草は、丸ごと一つの生きもの。アルゼンチンアリのスーパーコロニーは、たくさんの個体の集まりで、そこは異なります。
それでも共通するのは、ちがいが小さくなるほど自分とほかの境目が消えて、想像をこえる大きさの一つのまとまりになる、ということです。
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ことばの説明
- 外来種(がいらいしゅ)……もともとその地域にいなかったのに、人の活動で運びこまれ、住みついた生きもの。
- 特定外来生物(とくていがいらいせいぶつ)……外来種のうち、生態系や人・農業に害をおよぼすおそれがあるとして、法律で飼育や運搬などが規制されている生きもの。
- スーパーコロニー……巣どうしが争わず、多くの巣がつながって、地域全体で一つになった巨大な群れ。
- 単一コロニー性(たんいつコロニーせい)……巣の区切りがなく、個体が自由に混ざり合って一つの大きな群れになっている、社会のあり方。ユニコロニーとも呼ぶ。
- 創始者効果(そうしししゃこうか)……ごく少数の個体から新しい集団ができると、もとの集団より個体どうしのちがい(遺伝的な多様性)が小さくなること。
- クローン……一つのもとから、まったく同じ遺伝情報を持ってふえた分身。パンドやサメ湾の海草がその例。
まとめ
アルゼンチンアリは、運ばれた先で巣どうしが争わず、地域まるごとが一つの巨大な群れ――スーパーコロニーになる外来種でした。ヨーロッパでは、その群れが6000キロメートル以上にもおよびます。
なぜ、そこまで大きくなれるのか。原産地の南米では争うのに、侵入先では争わない。その差を生むのは、運ばれたのがごく少数で、みんながよく似ているから。ちがいが小さいと、遠くの巣のアリさえ「よそ者」と区別できず、仲間の輪が地域いっぱいに広がっていきます。
巨大な群れの正体は、強い武器でも、かしこい命令でもありません。運ばれるときの「せまい入口」がちがいを小さくし、境目のない社会を生んだ――それがアルゼンチンアリのスーパーコロニーだったのです。