庭や公園で見かける、小さなアリたち。エサを運び、巣をなおし、卵や幼虫の世話をして、いそがしそうに歩き回っています。あの働きアリたちは、じつはほとんどが、自分の子を産みません。
一生、女王や妹たちの世話をして、そのまま生涯を終えるのです。
自分の子を残さないのに、一日中はたらき続ける。なんだか、割に合わない生き方に見えないでしょうか。ところが、生きもののしくみとして見ると、働きアリは「損」をしているわけではありません。
女王を助けて妹をたくさん育てることが、めぐりめぐって、自分と同じ「いのちの設計図」を次に残すことにつながっているからです。この記事では、そのふしぎなしくみを見ていきます。
働きアリって、どんなアリ?
ふだん目にする働きアリは、すべてメスです。羽はなく、体は女王より小さめ。仕事は、エサ集め、巣づくり、掃除、そして卵や幼虫の世話と、たくさんあります。
年をとるにつれて、巣の中の仕事から外での仕事へと役割が移っていく種類も知られています。
その働きアリたちは、ふつう自分では卵を産みません。巣の中で卵を産むのは、おもに女王アリの役目です。女王と働きアリは、同じメスでも、受けもつ役割がはっきり分かれているのです。
ただし、「まったく産めない」わけではありません。じつは働きアリも、卵を産む力を少しは残しています。
女王がいなくなった巣では、一部の働きアリが卵を産みはじめることもあります。
それでも、女王が元気なあいだは、働きアリはほとんど産みません。仲間どうしでおたがいのようすを気にかけ、産もうとする個体が出ると、まわりがそれをおさえることも分かっています。

なぜ、自分の子を産まないの?
ここが、この記事のいちばんのふしぎです。
生きものは、ふつう、自分の「いのちの設計図」――遺伝子(いでんし)――を、子どもを通じて次の世代へ残していきます。だから「自分の子を産まない」というのは、一見、遺伝子を残すことをあきらめているように見えます。
しかし、遺伝子は、自分の子だけに受けつがれるものではありません。きょうだいにも、多くの同じ遺伝子が伝わっています。同じ親から生まれた妹は、自分とよく似た設計図を持っているのです。
ここで、働きアリの立場になって考えてみましょう。働きアリにとって、女王は自分の母親です。女王が産む新しいメスたち――つまり自分の妹たち――は、自分と多くの遺伝子を分けあっています。
だとすると、こういうことが起こります。自分ひとりで少しだけ子を産むより、母である女王を助けて、妹をたくさん育てあげるほうが、自分と同じ遺伝子をより多く次に残せる場合があるのです。
働きアリは、自分の遺伝子を「あきらめている」のではなく、妹を育てるという別のやり方で残している――そう考えることができます。

血縁選択(けつえんせんたく)
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段くわしい話です。
自分では子を産まなくても、自分と同じ遺伝子を持つ血縁者(けつえんしゃ=血のつながった相手)の繁殖を助けることで、遺伝子を次に残す。この考え方を、血縁選択(けつえんせんたく)と呼びます。1964年、イギリスのハミルトンという研究者が示した考え方です。
自分が産んだ子だけでなく、血縁者を通じて残る分もあわせて、「どれだけ遺伝子を残せたか」を考える。この見方に立つと、子を産まない働きアリの一生も、けっしてむだではないと分かります。
そして、アリの巣ぜんたいを見わたすと、もっと大きなしくみが見えてきます。女王が卵を産み、働きアリが育て、やがて巣から新しい女王とオスが飛び立っていく。巣(コロニー)ぜんたいが、まるで一つの大きな家族のように、力を合わせて子孫を残しているのです。
一匹一匹ばらばらにではなく、巣ぜんたいで次の世代へいのちをつないでいる――そう考えると、働きアリの役割の意味が、すっきり見えてきます。
なお、アリのなかまには、妹どうしの遺伝子がとくに近くなる特別なしくみ(半倍数性=はんばいすうせい)もあります。これについては「アリのオスには父親がいない?」の記事でくわしく紹介します。
なぜ、自分が損するように見える行動をとるの?
「自分は子を産まず、ほかの個体の子育てを助ける」。これは、アリだけの話ではありません。同じ問いで、ほかの生きものともつながります。
ハダカデバネズミ(哺乳類)
アフリカの地中でくらすハダカデバネズミは、哺乳類(ほにゅうるい)なのに、アリやハチによく似た社会をつくります。一つの群れの中で子を産むのは、女王と呼ばれる一匹のメスと、わずかなオスだけ。
ほかの多くの個体は子を産まず、トンネルを掘ったり、エサを集めたり、子の世話をしたりして群れをささえます。哺乳類でこうした社会をつくる動物は、ごくわずかしか知られていません。
群れの仲間は血のつながりが近いので、女王の子を育てることが、自分と同じ遺伝子を残すことにつながります。アリと同じしくみが、まったくちがう動物にも見られるのです。
エナガ(鳥)
エナガは、綿をまるめたような姿の、とても小さな鳥です。このエナガには、ヘルパーと呼ばれる行動が知られています。
自分の子育てがうまくいかなかった若い鳥などが、親やきょうだいの巣を手伝い、ヒナにエサを運ぶのです。手伝う相手は血のつながった仲間であることが多く、きょうだい(自分と多くの遺伝子を分けあうヒナ)を育てることになります。
エナガのヘルパーは、手伝ったあとに自分で子育てをすることもあり、アリほど徹底してはいません。それでも「血縁者を助けて遺伝子を残す」という同じ考え方でつながっています。
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ことばの説明
- 遺伝子(いでんし)……親から子へ受けつがれる、体をつくる「いのちの設計図」。きょうだいのあいだでも、多くが共通しています。
- 血縁(けつえん)……血のつながり。親子・きょうだいなど、同じ遺伝子を多く分けあう関係。
- 血縁選択(けつえんせんたく)……自分では子を産まなくても、血縁者の繁殖を助けることで、自分と同じ遺伝子を次に残すしくみ。
- コロニー……一匹の女王を中心に、たくさんのアリがくらす巣の集団。巣ぜんたいで、一つの家族のようにはたらく。
- 真社会性(しんしゃかいせい)……子を産む個体と、産まずに世話や仕事を受けもつ個体とに、役割が分かれた社会のあり方。アリ・ハチや、ハダカデバネズミに見られます。
- ヘルパー……そのときは自分の子を持たず、ほかの個体の子育てを手伝う個体。エナガなどの鳥で知られています。
まとめ
働きアリはすべてメスで、ふだんは自分の子を産みません。一日中はたらいて一生を終える姿は、一見すると割に合わないように見えます。
けれど、遺伝子は自分の子だけでなく、きょうだいにも受けつがれます。働きアリにとって、女王は母親であり、女王が産む妹は、自分とよく似た設計図を持っています。だから、母を助けてたくさんの妹を育てることが、自分の遺伝子を次に残すことにつながる。
この考え方が、血縁選択でした。巣ぜんたいを見れば、コロニーが一つの家族のように力を合わせて、次の世代へいのちをつないでいます。
同じしくみは、地中のハダカデバネズミにも、木の枝のエナガにも見られました。働きアリは、自分をぎせいにしているのでも、損をしているのでもありません。
子を産む以外のやり方で、しっかりと自分のいのちを次へつないでいたのです。
