一つのアリの巣には、数千匹、種類によっては数万匹ものアリが暮らしています。エサを集める者、幼虫(ようちゅう)の世話をする者、巣を掃除する者、みはりに立つ者。
それぞれの仕事がきちんと進み、しかも、大きなエサが見つかったり、巣がこわされたりして状況が変わると、コロニー全体はすっと動き方を変えます。まるで、だれかが全体を見て、指図しているかのように。
ところが、いくら探しても、その「だれか」は見つかりません。女王アリは、その名前とはちがって、命令する王さまではないからです。おもに卵を産む役割の一匹で、働きアリに指図はしません。では、リーダーがいないのに、どうして巣はうまく回るのでしょう。
この記事では、命令なしでコロニーが動く、そのしくみを見ていきます。
だれが、仕事を決めているの?
アリの巣を、会社にたとえてみましょう。会社なら、社長がいて、部長がいて、「きみは営業」「きみは経理」と仕事が割りふられます。上位職から、命令が伝わっていくしくみです。
アリの巣には、その社長にあたる者がいません。女王も命令しませんし、ほかに全体を見わたして指揮する係のアリがいるわけでもありません。それなのに、エサ集めにはちゃんと必要な数のアリが向かい、子育てにも掃除にも、抜けがありません。
では、だれが仕事を決めているのか。おどろくことに、決めている「だれか」は、どこにもいません。一匹一匹のアリが、自分のまわりの手がかりに反応して、いま何をするかを、その場で選んでいるだけなのです。
なぜ、命令なしでうまく回るの?
全体を知る者がいないのに、なぜ必要な仕事に必要な数がそろうのでしょう。カギは、二つのしくみにあります。
一つめ:情報は「出会い」で伝わる
巣の中には、「今日はエサが豊富です」と知らせる放送も、はり紙もありません。そのかわりにアリが手がかりにしているのが、仲間との出会いの多さです。
たとえば、種子(しゅし)を集めるあるアリのなかまでは、こんなことが分かっています。エサをもって巣に戻ってくる仲間と、出入り口でよく出会うほど、外へ出かけるアリがふえます。
外にエサがたくさんあれば、運び手は早く何度も帰ってくるので、出会いがふえる。すると「外は豊作だ」という合図になって、待っていたアリも出動します。逆に、外が不作だと運び手はなかなか帰らず、出会いが減る。
すると、むだに外へ出るアリも減っていきます。だれも「今日は豊作」と全体に伝えていないのに、出会いの多さが、そのまま合図になっているのです。
二つめ:「腰の軽さ」が、一匹ずつちがう
もう一つのしくみは、アリによって「腰の軽さ」がちがう、ということです。ここでいう腰の軽さとは、ある仕事に、どれくらい反応しやすいか、ということ。
ある仕事の「やってほしい度合い(需要)」が小さいうちは、腰の軽いアリだけがさっと動きます。それで足りているあいだ、腰の重いアリは動きません。
ところが、仕事がたまって需要が大きくなると、腰の重いアリもとうとう動き出します。こうして、仕事の量に合わせて、はたらくアリの数が自然にふえたり減ったりするのです。ふだんは手すきに見えるアリも、急な仕事にそなえる予備として役に立っています。
命令がない社会
その二つを合わせると、リーダーなしで社会が回るわけが見えてきます。一匹ずつは、まわりとの出会いと、自分の腰の軽さに、単純に反応しているだけ。
それでも群れ全体では、必要な仕事に必要な数がふりわけられ、状況が変われば割りふりも変わる――だれも全体を見ていないのに、しなやかに調整されていくのです。

分散型(ぶんさんがた)のしくみ
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段深い話です。
中央に指令者を持たず、たくさんの個体が、それぞれ手元の情報と単純なルールだけで動いて、全体としてまとまる――このようなしくみを、分散型(ぶんさんがた)と呼びます。アリの社会は、その見事なお手本です。
命令を出す中心がないぶん、一匹が欠けても、一か所がつまづいても、全体はなかなか止まりません。中央の司令塔がないことは、弱点ではなく、じつは丈夫さにもなっているのです。
「指揮する者がいないのに、全体の秩序がひとりでに立ち上がる」――このおどろきは、行列の記事でも見ました。あちらでは、それを自己組織化(じこそしきか)と呼びました。行列は「道」がひとりでに整う話、この記事は「社会(分業)」がひとりでに回る話。
どちらも、小さな個体の単純な反応が集まって、大きなまとまりを生んでいる、同じ家族のしくみです。
この分散型のしくみは、人間の技術のお手本にもなっています。たくさんの小さなロボットが、指揮するリーダー機を持たずに、近くの仲間とやりとりしながら群れで動く――「群ロボット(むれロボット)」の研究です。
中央がなくても全体がまとまり、しかも壊れに強い。その知恵を、人はアリや鳥の群れから学んでいるのです。

リーダーなしで秩序はどう生まれる?
「仕切る者がいないのに、全体としてまとまる」。これは、アリだけの話ではありません。同じ問いで、ほかの生きものともつながります。
ムクドリの群れ
夕暮れの空を、数千羽ものムクドリが、一つの雲のように渦を巻き、いっせいに向きを変えて飛ぶことがあります。この群れの舞いには、先頭を導くリーダーはいません。研究によると、一羽一羽が気にしているのは、まわりのわずか六〜七羽の動きだけ。
「近くの仲間から離れない」「ぶつからない」「向きをそろえる」という単純なルールに従っているだけなのです。それでも、一羽の向きの変化が波のように群れじゅうへ伝わり、全体が一つの生きもののように動きます。
近くの仲間に反応するだけで、あれほど見事なまとまりが生まれる――アリの社会と、同じしくみです。
魚の群れ
イワシなどの魚も、リーダーなしで大きな群れをつくります。一匹ずつは、やはり近くの数匹に速さと向きを合わせて泳いでいるだけ。ところが敵におそわれると、群れはさっと形を変え、ボールのようにかたまって身を守ります。
全体を指揮する魚はいないのに、群れは一つの盾のようにふるまうのです。空の鳥と、水の中の魚。すむ場所はまるでちがっても、「近くの相手に単純に反応する」という同じルールから、大きな秩序が生まれています。
どちらの群れにも、全体を見わたしている者はいません。それでも、めいめいが近くの相手に反応するだけで、大きなまとまりが立ち上がる。アリの社会も、まさにこれと同じでした。
ことばの説明
- 分業(ぶんぎょう)……一つの集団の中で、めいめいが役割を分けあって仕事をすること。アリの巣では、エサ集め・子育て・掃除・みはりなどに分かれています。
- 分散型(ぶんさんがた)……中央に指令者を持たず、たくさんの個体が、それぞれ手元の情報と単純なルールだけで動いて、全体としてまとまるしくみ。命令する中心がないぶん、丈夫でもあります。
- 自己組織化(じこそしきか)……指揮する者がいないのに、一つひとつの単純な行動が集まって、全体の秩序がひとりでに生まれること。アリの行列や、鳥・魚の群れに見られます。
まとめ
アリの社会には、全体を仕切るリーダーがいませんでした。女王アリも、命令はしていません。では、いったい何が仕事を決めているのか――決めている「だれか」は、どこにもいなかったのです。
一匹ずつのアリは、仲間との出会いの多さや、仕事の需要に、ただ単純に反応しているだけ。エサをもって帰る仲間とよく出会えば外へ出かけ、需要が大きくなれば腰の重いアリも動き出す。
それだけで、必要な仕事に必要な数がそろい、状況が変われば割りふりも変わっていきます。
中央の司令塔を持たず、めいめいが手元の情報だけで動いて、全体がまとまる。このしくみを、分散型と呼びます。小さな一匹には、コロニー全体の見取り図など見えていません。
それでも社会はちゃんと回る。リーダーがいないことは、この社会の弱さではなく、むしろ強さだったのです。