庭のすみの石や、植木鉢(うえきばち)を、そっとどけたときのこと。いつもの小さなアリたちにまじって、ひとまわりも、ふたまわりも大きなアリが、のそりと歩いていた――そんな場面に出会ったことはありませんか。
あれは、たぶん女王アリです。同じ巣で暮らす仲間なのに、なぜ女王だけが、あんなに大きいのでしょう。
ごちそうをひとりじめしているから。それとも、いちばん偉いから。
どちらでもありません。女王アリの大きな体は、卵を産むという役割のために作られた体です。大きさは、偉さのしるしではなく、仕事の形なのです。
この記事では、女王の体のどこが、なぜ大きいのかを見ていきます。
女王アリは、どこが大きいのか
大きいといっても、体じゅうがまるごとふくらんでいるわけではありません。アリの体は、頭・胸(むね)・おなかの三つに分かれています。女王と働きアリを並べてみると、はっきり違うのは、あとの二つです。
胸が、ぶあつい
一つめは胸です。女王アリの胸は、働きアリのそれとくらべて、ぐっと厚みがあり、がっしりと盛り上がっています。ここには、羽を動かすための筋肉――飛翔筋(ひしょうきん)が、ぎっしり詰まっています。
働きアリは羽を持ちません。羽がなければ、動かす筋肉も要りません。だから胸は、小さくてすむのです。
おなかが、ふくらむ
二つめはおなかです。女王のおなかの中には、卵を作る器官である卵巣(らんそう)と、栄養のたくわえがおさまっています。卵を産みはじめると、おなかはさらにふくらみ、働きアリの何倍もの長さになる種類もいます。
オスは、胸だけが大きい
同じ巣には、羽の生えたオスも育ちます。オスの胸は、女王とおなじように厚く発達しています。ところが、おなかは細いまま。オスは飛びますが、卵は産まないからです。
三者を並べると、女王の大きさが「全体がひとまわり大きい」のではないと分かります。胸とおなか。二か所が、別々の理由でふくらんでいるのです。


なぜ、その二か所が大きいのか
新しい女王は、一生に一度だけ、巣を出て空を飛びます。よその巣のオスと出会うための行動で、結婚飛行(けっこんひこう)と呼ばれます(人間の結婚と同じ意味ではありません)。
一つめの理由:一度きりの飛行のため
このとき女王は、自分の体を、自分の羽で運ばなければなりません。おなかに卵の材料をたくわえた、重い体をです。羽を打ち下ろす力は、すべて胸の筋肉が生み出します。重いものを、力強く運ぶには、大きな筋肉がいる。だから女王の胸は厚いのです。
働きアリは、一生を巣とそのまわりで歩いてすごします。飛ばないのですから、その筋肉を体に積んでおく理由がありません。
二つめの理由:食べずに、最初の子を育てるため
飛び立った女王は、やがて地面におりて羽を落とし、たった一匹で新しい巣をつくりはじめます。多くの種では、このあと土の中の小さな部屋に閉じこもり、外へエサを取りに出ません。最初の働きアリが育つまで、何か月も、ほとんど何も食べずに過ごします。
食べずに子を育てるには、材料を体の中に持っているしかありません。女王のおなかにたくわえられた脂肪などの栄養が、卵になり、幼虫のごはんになり、女王自身の命をつなぎます。飛ぶために使った胸の筋肉さえ、飛び終われば分解され、その材料の一部になる種類がいます。
つまり女王の大きな体は、これから起こることのための、持ち出し用の荷物なのです。羽を落としたあと、体の中で何が起こるのか。その話は、また別の記事で紹介します。


多型(たけい)
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段深い話です。
ふしぎなのは、女王アリと働きアリが、もとをたどれば同じ卵だということです。同じ母から生まれた、遺伝情報のよく似たメスたち。それなのに、かたや羽と厚い胸を持ち、かたや羽もなく小さいまま。
この違いは、生まれつき別の設計図を持っていたから生じたのではありません。
幼虫のころに、どれだけ食べたか、どんな環境で育ったか。その差が、体のどこを大きく作るかを切り替えます。こうして、同じ種の中に、役割に応じた別々の姿の個体があらわれることを、多型(たけい)と呼びます。
アリやハチのように、同じ巣の中で役割ごとに姿が分かれる場合、その一つひとつのグループはカースト(階級)と呼ばれます。(同じ卵から女王と働きアリが分かれるしくみは、別の記事で扱います。)
大切なのは、多型が順位を表していない、ということです。多型が示すのは、その体が何をするために作られたか、それだけ。女王が大きいのは、飛んで、産んで、たくわえるから。働きアリが小さいのは、歩いて、運んで、世話をするから。仕事が、体を作っています。
ただし、女王がいつも巣でいちばん大きいとはかぎりません。頭の大きな大型の働きアリを持つ種では、働きアリと女王の大きさが重なることがあります。
よその巣に入りこんで暮らす種には、宿主より小さな女王もいます。アミメアリのように、そもそも女王というカーストを持たないアリさえいます。多型のあらわれ方は、種によってずいぶん違うのです。
同じ種でも、役割によって体の形が変わるのはなぜ?
仕事が体を作る。これは、アリだけの話ではありません。
ミツバチ
ミツバチの巣にも、女王バチと働きバチがいます。女王バチのおなかは長く伸び、一日に千個をこえる卵を産みます。いっぽう働きバチのうしろ足には、花粉をまとめて運ぶためのくぼみ(花粉かご)があり、おなかには巣の材料になるろうを出す器官があります。女王バチには、そのどちらもありません。同じ母から生まれた同じ種のメスなのに、体に積んでいる道具が違うのです。
ハダカデバネズミ
アフリカの地下に、トンネルを掘って群れで暮らす、毛のない小さなネズミです。この動物も、群れの中でふつう一匹のメスだけが子を産みます。おどろくのは、そのメスが繁殖をはじめると、背骨の一つひとつが伸びて、胴が長くなっていくこと。生まれつき大きかったのではなく、役割についたあとから、体のほうが作りかえられていきます。
アリ、ミツバチ、ハダカデバネズミは、たがいに遠い仲間どうしです。それでも、多くの子を産むという同じ役割が、それぞれの体を、それぞれのやり方で作りかえました。
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ことばの説明
- 飛翔筋(ひしょうきん)……羽を動かす筋肉。胸の中におさまっています。
- 卵巣(らんそう)……体の中で卵を作る器官。おなかの中にあります。
- 結婚飛行(けっこんひこう)……新しい女王とオスが巣を出て、空で出会う行動。人間の結婚と同じ意味ではありません。
- 多型(たけい)……同じ種の中に、役割に応じた別々の姿の個体があらわれること。
- カースト(階級)……同じ巣の中で、役割ごとに分かれた個体のグループ。女王・働きアリ・オスなど。
まとめ
女王アリが大きいのは、ごちそうをひとりじめしたからでも、いちばん偉いからでもありませんでした。厚い胸には、一度きりの飛行のための筋肉。
大きなおなかには、卵を作る器官と、たった一匹で巣を立ち上げるための栄養。同じ巣のオスが、胸だけ厚くておなかは細いのも、飛びはしますが、産まないからです。
同じ卵から生まれたメスが、育ち方の違いで別々の姿になる。これを多型と呼びます。ミツバチの花粉かごも、ハダカデバネズミの伸びた背骨も、同じことのあらわれでした。
女王アリの大きさは、地位のしるしではなく、仕事の形だったのです。