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羽アリはなぜ遠くまで飛ぶ? 結婚飛行と「近すぎない相手」のふしぎ

梅雨(つゆ)の晴れ間や、蒸し暑い夏の夕方。地面のすき間から羽アリがわき出して、いっせいに空へ舞い上がります。しばらく見ていると、群れは高いほうへ、風下のほうへと散っていき、やがて見えなくなってしまいます。

考えてみると、不思議です。

相手をさがしているのなら、巣の中にはアリがたくさんいます。わざわざ羽を作り、体を大きくして、危険な外へ出ていく必要はなさそうです。それなのにアリは、一年に一度、この飛行のためだけに特別なアリを育てます。

羽アリが飛ぶのは、遠くへ行くこと自体が目的ではありません。散らばるためです。散らばった空の上で、よその巣から来た相手と出会う。そのために、羽アリは巣を出ます。

目次

羽アリは、どこへ散らばっていくのか

飛び立った羽アリは、そのまま空へ消えてしまうように見えます。実際には、飛び立ってから新しい巣ができるまでに、決まった順序があります。いっせいに飛ぶ、空で混ざる、地面におりて掘る。この三つです。

巣を出るのは、その年に育った新女王とオスだけです。働きアリは巣に残り、外へ出た羽アリがもとの巣へ戻ることはありません。飛び立った時点で、羽アリは生まれた巣から切りはなされます。ここから先は、一匹ずつの話になります。

同じ日の空に、いくつもの巣から集まる

羽アリは、一つの巣からポツポツと出ていくのではありません。同じ地域にある同じ種類の巣が、よく似た合図を受け取って、ほぼ同じ日に飛び立ちます。

気温が上がり、空気が湿り、風が弱い日。

たとえば、雨上がりの蒸し暑い午後です。何が合図になるのかは、それだけで一つの話になるので、別の記事にゆずります。

いっせいに飛ぶ結果、空はちょっとした待ち合わせ場所になります。あちこちの巣から来た新女王とオスが、同じ空域に集まり、混ざり合う。そこで出会う相手は、その多くが自分とは別の巣で育った個体です。ばらばらの日に飛んでいたら、この混ざり合いは起きません。

出会って、おりて、そこが次の巣になる

空で交尾(こうび)を終えたメスは、地面におりて自分の羽を落とします。脱翅(だっし)です。そして、たった一匹で穴を掘り、卵を産みはじめます。飛んだぶんだけ、生まれた巣から離れた場所に、新しい巣ができることになります。

生まれた場所を離れて、別の場所で暮らしはじめること。これを分散(ぶんさん)といいます。働きアリは、巣のまわり数十メートルの世界で一生を終えます。空を飛ぶあの数十分は、アリという生きものが場所を変えられる、ほとんど唯一の時間なのです。

なぜ、わざわざ空へ出るのか

巣の外は、羽アリにとって危険な場所です。空ではツバメやトンボが待ちかまえ、地面ではクモやカエルが待っています。羽アリの体は働きアリより大きく、飛ぶのが上手なわけでもありません。

飛び立った羽アリの大部分は、新しい巣にたどりつく前に食べられ、力尽きます。

それなら、巣の中で相手を見つけ、そのまま巣を広げたほうが安全なはずです。それをしない理由は、大きく二つに分けられます。一つは相手の問題、もう一つは場所の問題です。

一つめの理由:巣の中にいる相手は、みんなきょうだい

一つの巣のアリは、多くの場合、一匹の女王から生まれた子どもたちです。新女王もオスも、同じ母から生まれたきょうだい同士。巣の中で相手を見つけて交尾すれば、それは近い血縁(けつえん)どうしの組み合わせになります。

近い血縁どうしの間に生まれた子は、育ちや生き残りの面で不利になりやすいことが、さまざまな生きもので知られています。なぜ不利になるのかは、あとの章でくわしく見ます。外へ出て、よその巣から来た相手と混ざる。羽は、そのための道具です。

二つめの理由:親の巣のとなりに、空き地はない

もう一つは、場所の問題です。生まれた巣のまわりは、その巣の働きアリが毎日歩き回り、餌を集めている場所です。すぐ横に新しい巣を作れば、同じ餌を親の巣と取り合うことになります。掘りはじめたばかりの小さな巣が、何万匹もかかえた成熟した巣に勝てる見込みは、高くありません。

散らばれば、まだどの巣も使っていない土地に出会える可能性が出てきます。ほとんどの羽アリは、そこへたどりつけません。それでも、わずかに生き延びた一匹が新しい土地に巣を構えれば、そのコロニーは次の世代へ続きます。

「遠く」は、目的ではなく結果

ここで気をつけたいことがあります。飛ぶ距離は、種類によって大きく違います。数メートルで着地する種もあれば、風に乗って何キロも運ばれる種もあります。「近すぎる相手を避けるために、より遠くまで飛ぶ」と言い切ってしまうと、この幅を説明できません。

順序は、むしろ逆に見るのがよさそうです。空へ出て混ざり合うから、結果として、近すぎない相手と出会いやすくなり、生まれた巣から離れた場所へ広がる。

距離は、その結果として残った数字です。羽アリにとって大事なのは「どれだけ遠いか」ではなく、「混ざったかどうか」なのです。

近交弱勢(きんこうじゃくせい)

ここからは、中学生や大人にも向けた、一段深い話です。

近い血縁どうしの間に生まれた子が、育ちや生き残りの面で不利になりやすいこと。これを近交弱勢(きんこうじゃくせい)と呼びます。

なぜ、そうなるのでしょう。生きものは、体を作る設計図を、父と母から一組ずつ受け取ります。長い設計図の中には、うまく働かない不具合がまぎれこんでいます。ただ、片方が正常であれば、不具合はほとんど表に出ません。もう一方が肩代わりしてくれるからです。

近い血縁どうしは、同じ祖先から同じ設計図を受け継いでいます。その二匹の間に生まれた子は、父からも母からも同じ不具合を受け取り、二つそろってしまう確率が高くなります。

そろえば、隠れていたものが表に出ます。卵がかえらない、幼虫が育たない、といった形で。

だから、多くの生きものは、近すぎる相手と結びつかないためのしくみを持っています。アリの結婚飛行も、そのあらわれ方の一つと考えられています。なお、アリやハチのなかまには、性別の決まり方に関わる特有の事情もあるのですが、その話はまた別の記事で。

そして、すべてのアリが空で混ざるわけではありません。巣の入口の近くで交尾を済ませてしまう種もいますし、女王と働きアリが歩いて巣を分ける種(分巣)もいます。

飛ぶことは、アリの分散の代表的なやり方ではあっても、唯一のやり方ではないのです。

なぜ「近すぎる相手」を避けるの?

近すぎる相手を避ける。この問いでつながる生きものは、アリだけではありません。

ただし、相手の選び方は、体のつくりや暮らし方によってまるで違います。空を飛べる生きものばかりではありませんし、そもそも自分では動けない生きものもいます。飛べないなら、どうするのでしょう。

サクラやナシ

サクラやナシの花は、自分の花粉が自分のめしべについても、実を結びにくくできています。花粉を見分けて、花粉管(かふんかん)が伸びるのを途中で止めてしまうためです。これを自家不和合性(じかふわごうせい)といいます。

動けない植物は、飛んで散らばることができません。そのかわりに、体の中で相手を選びます。ナシやリンゴの畑で、わざわざ別の品種の木を混ぜて植えるのは、このしくみがあるからです。同じ品種だけを並べても、実がなりにくいのです。

ライオン

ライオンは、プライドと呼ばれる群れで暮らします。生まれた群れにそのまま残るのはメスで、若いオスは数年たつと群れを離れ、外をさまよいます。やがて別の群れを乗っ取り、そこで子を残します。

残る側と、出ていく側。性別で分けることで、母や姉妹と交尾する場面が減ります。ライオンは空を飛びません。それでも、「生まれた場所から離れる」という一点は、羽アリと同じです。


飛ぶ、離れる、見分ける。やり方はまるで違うのに、たどりつく先は同じです。近すぎる相手と結びつかない。この一点で、アリとサクラとライオンはつながっています。

スライドで読む本記事

ことばの説明

  • 結婚飛行(けっこんひこう)……羽アリが巣を出て、空で交尾する行動。人間の結婚と同じ意味ではありません。
  • 分散(ぶんさん)……生まれた場所を離れ、別の場所で暮らしはじめること。
  • 脱翅(だっし)……交尾を終えたメスが、自分の羽を落とすこと。
  • 血縁(けつえん)……同じ親や祖先から続く、生まれのつながり。
  • 近交弱勢(きんこうじゃくせい)……近い血縁どうしの間に生まれた子が、育ちや生き残りの面で不利になりやすいこと。
  • 自家不和合性(じかふわごうせい)……自分の花粉では実を結びにくくする、植物のしくみ。サクラやナシで知られています。

まとめ

羽アリが空へ出るのは、遠くへ行きたいからではありません。散らばるためです。巣の中にいる相手はきょうだいで、親の巣のとなりに空き地はない。だから、一年に一度、羽を持ったアリが育てられ、危険な外へ出ていくのです。

同じ日の空には、いくつもの巣から羽アリが集まります。そこで出会い、交尾を終えたメスは羽を落とし、生まれた巣から離れた土地で、たった一匹の巣を掘りはじめます。飛んだ距離は、狙って出した数字ではなく、混ざり合った結果として残った数字です。

近い血縁どうしの子は、不利になりやすい。この近交弱勢を避けるやり方を、生きものはそれぞれの体で持っています。アリは飛んで混ざり、サクラは花粉を見分け、ライオンは群れを出ていく。

羽アリのあの一日は、「近すぎない相手」と出会うための、アリなりのやり方だったのです。

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この記事を書いた人

小学校高学年の子どもたちにも読めるように、身近な科学のふしぎをやさしく整理しています。

記事では、ただ驚くだけで終わらず、「なぜそうなるのか」という仕組みまで伝えることを大切にしています。家庭や学校でも安心して読める科学サイトを目指しています。

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