公園の木の根もとや、植木鉢の下。うっかりアリの巣をこわしてしまったとき、アリにまじって、アリではない小さな虫がちょろちょろと走り出てくることがあります。はねのないコオロギだったり、平たくてぬめっとしたイモムシだったり。
アリの巣は、よそ者を通さない場所です。においがちがえば、かみつかれ、外へ運び出されます。それなのに、巣の中で堂々と暮らしている別の生き物がいます。
アリが「仲間かどうか」を見分けるしくみを、すり抜けているのです。この記事では、アリの巣に住む居候たちの正体と、なぜアリがその侵入を止められないのかを見ていきます。
アリの巣に、アリではない生き物がいる
生活の全部、あるいは一部をアリの巣の中で送る性質を、好蟻性(こうぎせい)といいます。そういう生き物のことを好蟻性生物、または蟻客(ぎきゃく)と呼びます。
いろんな種類の生き物たち
数は少なくありません。昆虫だけでも、少なくとも10目100科以上、数千種がいると見られています。日本にすむものをまとめた図鑑には、13目44科166種が並びます。
甲虫、チョウ、コオロギ、ハエ、カメムシ。さらにはクモやダニまで、まったく別々のグループが、それぞれ独立にアリの巣という暮らし方へたどり着きました。
なぜ、わざわざアリの巣なのか
アリの巣は、砦であり、食料庫です。何百、何千という働きアリが出入り口を守り、雨や乾燥からも中身を守ります。運びこまれた食べ物は絶えず、やわらかい卵や幼虫、さなぎもそろっています。
入りこめさえすれば、これほど安全で豊かな場所はありません。むずかしいのは、その「入りこむ」ところです。

巣の中の居候たち
居候といっても、暮らし方はさまざまです。においでアリになりすますもの、アリに育ててもらうもの、アリの子を食べるもの。
海外には、体の形から表面の質感まで、アリそっくりになった甲虫(ハネカクシのなかま)もいます。ここでは、日本で見られる三つを見ていきます。
アリのにおいをまとうコオロギ
アリヅカコオロギは、体長3ミリほどの小さなコオロギです。はねがなく、複眼も、ふつうのバッタやコオロギに比べるとずいぶん小さい。地上の草むらではなく、アリの巣の中で一生を送るための体つきです。
多くの種は、アリの体に自分の体をこすりつけ、アリの体の表面にある物質を自分の体へ移します。そうやってアリと同じにおいをまとい、働きアリの検問を通り抜けます。種によっては、アリから口移しで食べ物を分けてもらうものもいます。
ただし、すべての種がにおいでごまかしているわけではありません。トビイロシワアリの巣にすむサトアリヅカコオロギは、十分なにおいのごまかしを持たないまま巣の中で暮らしています。
2025年に発表された研究では、このコオロギがアリの動きに応じて二種類の逃げ方を使い分け、すばやくよけながら巣の中を歩き回っていることが示されました。においだけが、居候の答えではないのです。
アリに育ててもらうチョウ
クロシジミは、灰色の地味なシジミチョウです。幼虫は、はじめのうちアブラムシの出す甘露(かんろ)をなめて育ちます。ある程度大きくなると、背中にある腺から甘い蜜を出しはじめます。この蜜をクロオオアリがひどく好み、幼虫をくわえて自分の巣へと運びこんでしまうのです。
巣の中に入ったクロシジミの幼虫は、働きアリから口移しで食べ物をもらい、体を掃除してもらいながら育ちます。春になると巣の入り口近くでさなぎになり、成虫になって外へ飛び立ちます。
アリの幼虫とは似ても似つかない姿なのに、なぜ受け入れられるのか。においをまねているためと考えられているものの、詳しいしくみは、いまも分かっていません。
巣の中でアリの子を食べるアブ
同じ巣で暮らす相手が、いつも助け合っているとはかぎりません。居候の中身は、食べ残しをもらうものから、アリの子を食べるものまで、大きくちがうのです。
アリスアブの幼虫は、平たくて丸く、とても昆虫には見えません。海外では、ナメクジの一種として論文に報告されたことがあるほどです。この幼虫は、アリの巣の中でアリの卵や幼虫、さなぎを食べて育ちます。
なぜ、アリは見破れないのか
アリは、よそ者を目で見分けているのではありません。相手の体の表面をおおう化学物質の組み合わせを触角でさぐり、同じ巣の仲間かどうかを判断します。この見分けのしくみそのものは、別の記事でくわしく扱います。
手がかりが一つのサインに絞られていることは、ふだんはとても効率がよい。暗い巣の中でも、一瞬で判断できます。そして同時に、そこが弱点にもなります。においさえ合っていれば、姿かたちがどれほどちがっていても、検問は通ってしまうのです。
居候たちは、まさにそこを突いています。においをまねる。においを盗む。においをうすくして目立たなくする。あるいは、においで勝負せず、すばやさで逃げ切る。
だますといっても、そこに悪意があるわけではありません。においというサインが、たまたま合ってしまう。ただ、それだけのことです。

においで検問を通る「化学擬態」
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段深い話です。
相手が見分けに使っている化学物質を自分の体にまとい、その認識をすり抜けることを、化学擬態(かがくぎたい)と呼びます。姿を似せる擬態が「目」をあざむくのに対して、化学擬態があざむくのは、におい(化学物質)を読み取るしくみです。
アリが仲間の判定に使っているのは、体表炭化水素(たいひょうたんかすいそ)と呼ばれる、体の表面をおおう油のような物質の組み合わせです。この配合は巣ごとに少しずつちがい、いわば巣の合言葉になっています。
では、アリヅカコオロギはその合言葉をどうやって手に入れるのか。実験で分かってきたのは、次のようなことです。アリから引き離して単独で飼うと、コオロギの体に付いていたアリ由来の成分は減っていきます。
触角で触れるだけ、なめるだけでは、アリと同じ組成にはなりません。直接、体と体が触れ合うことが主な要因でした。
つまりこのコオロギは、においを自分で作り出しているのではなく、アリの体から奪い取っているのです。化学擬態という言葉の中身は、「まねる」よりも「盗む」に近い。しかも合言葉は使えば減るので、居候はアリに触れ続けなければなりません。一生をかけて、盗み続ける暮らしなのです。
ただし、一つの答えで片づく話ではありません。サトアリヅカコオロギのように、においのごまかしが十分でないまま、逃げる技術で生きのびている種もいます。
クロシジミがどうやってクロオオアリに受け入れられるのかも、まだ解明されていません。好蟻性の研究は、足元にありながら、まだ途中の分野です。
他者の社会に入り込む生き方とは?
「相手が見分けに使っているサインさえ合わせれば、中に入れる」。この形は、アリの巣に限った話ではありません。
カッコウ
カッコウは自分で巣を作らず、ほかの鳥の巣に卵を産みこみます。托卵(たくらん)と呼ばれる行動です。カッコウの卵は、産みこむ相手の卵の色や模様によく似ています。
親鳥が「わが子かどうか」を確かめるとき、たよりにするのは卵の見た目というサイン。そのサインが合っていれば、中身がちがっても、親鳥は温め、育ててしまいます。あざむかれるのは目、というだけで、しくみはアリの巣と同じです。
ヤドリマルハナバチ
マルハナバチのなかまには、自分では働きバチを持たない一群がいます。ヤドリマルハナバチ亜属と呼ばれるハチたちです。この女王は、ほかの種のマルハナバチの巣にもぐりこんで巣を乗っ取り、自分の子を、その巣の働きバチに育てさせます。
他者の社会に入りこみ、その働き手ごと利用する。社会寄生(しゃかいきせい)と呼ばれる暮らし方です。巣のにおいの壁を、どうすり抜けるのか。ここでも鍵をにぎるのは、においだと考えられています。
仲間を見分けるしくみは、巣を守るための力です。そして、そのしくみを突かれたとき、同じものが入口に変わります。守りの強さと、つけ入られやすさは、裏表なのです。
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ことばの説明
- 好蟻性(こうぎせい)……生活の全部、または一部をアリの巣の中で送る性質。そういう生き物を好蟻性生物といいます。
- 蟻客(ぎきゃく)……好蟻性生物の別の呼び方。アリの巣の「お客さん」という意味です。
- 体表炭化水素(たいひょうたんかすいそ)……昆虫の体の表面をおおう、油のような物質。その組み合わせが巣ごとに少しちがい、アリはこれで仲間を見分けます。
- 化学擬態(かがくぎたい)……相手が見分けに使う化学物質を自分の体にまとい、相手の認識をすり抜けること。
- 甘露(かんろ)……アブラムシなどがおしりから出す、糖分をふくむ液。アリが好んでなめます。
- 托卵(たくらん)……ほかの鳥の巣に卵を産み、その親に育てさせること。
- 社会寄生(しゃかいきせい)……ほかの種の巣や社会にもぐりこみ、その働き手に自分の子を育てさせるなどして暮らすこと。
まとめ
アリの巣は、よそ者を通さない砦です。それでもその中には、はねのないコオロギがいて、アリに口移しで育てられるチョウの幼虫がいて、アリの子を食べるアブの幼虫がいます。昆虫だけで数千種にのぼる、好蟻性の生き物たちです。
アリが仲間を見分ける手がかりは、体の表面のにおい、ただ一つ。その一点さえ合わせてしまえば、姿がどれほどちがっていても検問は通ります。
アリヅカコオロギは、アリの体に触れることでそのにおいを自分の体へ移し、一生をかけて盗み続けます。においだけに頼らず、すばやく逃げることで巣にとどまる種もいます。
アリに化ける虫がいる。その「化ける」は、姿かたちのことではなく、においのことだったのです。相手の見分けのしくみを知り、そのサインに合わせる。それが、他者の社会に入りこむ生き方の正体でした。