地面に落ちたお菓子のかけらに、いつのまにかアリが一列にならんでいる。巣をそっとつつくと、たくさんのアリがいっせいにあわてて動きだす。アリには、声がありません。
それなのに、どうやって「あっちにエサがあるよ」「敵が来たぞ」と、仲間に伝えているのでしょう。
じつはアリは、においを使って、仲間とやりとりをしています。においの物質を出し、それを仲間が受け取る。
このにおいは、道案内にも、危険を知らせる合図にも、仲間かどうかの見分けにも使われます。声のかわりに、においで「会話」しているのです。
この記事では、アリがどんなときに、どんなにおいでやりとりしているのかを見ていきます。
アリの「ことば」は、においだった
わたしたち人間は、声を出したり、文字を書いたりして、伝えたいことを相手に届けます。けれどアリは、声も出さず、目もあまりよく見えない種類が多いのです。暗い地面の下の巣で暮らすアリにとって、姿や声はあてになりません。
そこでアリが使うのが、においの物質です。仲間に何かを伝えるために体の外へ出す、においの物質のことを、フェロモンと呼びます。アリはこのフェロモンを出したり、頭から生えた触角(しょっかく)でかぎ取ったりして、たがいに情報をやりとりしています。
触角は、アリにとっての「鼻」のようなもの。においをかぎ分ける、大切な器官です。
においは、どんなときに「言葉」になる?
フェロモンには、伝える中身によって、いくつもの種類があります。同じ「におい」でも、場面によって役目がちがうのです。ここでは、代表的な三つの場面を見てみましょう。
道案内をするフェロモン
エサを見つけたアリは、巣に帰るとき、おなかの先から道しるべフェロモン(みちしるべフェロモン)というにおいを地面につけながら歩きます。すると、あとから出てきた仲間は、そのにおいの道をたどって、まっすぐエサまで行くことができます。たどった仲間もにおいを重ねていくので、道はどんどんはっきりしていきます。あの整った行列は、この道案内のにおいが生んでいたのです。
危険を知らせるフェロモン
巣や体をおびやかされると、アリは警報フェロモン(けいほうフェロモン)というにおいをぱっと出します。このにおいはすばやく空気に広がり、まわりの仲間に「危ない」と伝えます。においを受け取った仲間は、種類によっては敵に立ち向かおうと集まってきたり、逆にいっせいに逃げだしたりします。声のかわりに、においがサイレンの役目をするのです。
仲間とよそ者を見分けるにおい
アリは、同じ巣の仲間かどうかも、においで見分けています。同じ巣のアリは、体の表面によく似たにおいをまとっていて、ちがうにおいの相手が来ると「よそ者だ」と気づきます。この見分けのしくみは、また別の記事でくわしく見ていきます。

においで伝える「化学コミュニケーション」
ここからは、中学生や大人にも向けた、もう一段深い話です。
アリのように、声や文字のかわりに、においなどの化学物質を出して情報を伝え合うことを、化学コミュニケーション(かがくコミュニケーション)と呼びます。フェロモンは、その化学コミュニケーションのための物質です。
においで伝えるやり方には、人間の言葉にはない利点があります。まず、暗い地面の下でも、相手の姿が見えなくても伝わります。さらに、においはその場に残るので、道しるべフェロモンのように、そのとき近くにいない仲間へも、あとから伝えることができます。声はその場で消えてしまいますが、においは「置いておける言葉」なのです。
一つひとつのフェロモンが伝える中身は、「エサはこっち」「危ない」といった、とても単純な合図です。けれど、その単純な合図をたくさんのアリが出し合い、受け取り合うことで、巣全体がまとまって動いていきます。声のない小さな生きものが、においだけで大きな社会を動かしている――そこに、アリのすごさがあります。
ことばを持たない生きものはどう伝える?
「ことばがなくても、仲間に伝える」。これは、アリだけの話ではありません。伝える手だては、生きものによってさまざまです。
ミツバチ ―― 体の動きで伝える
ミツバチは、よいエサ場を見つけると、巣に戻って「8の字ダンス」という動きをします。おしりを振って歩く向きでエサのある方角を、その動きの長さでエサまでの距離を、仲間に伝えるのです。アリがにおいで伝えるのに対して、ミツバチは体の動きで伝えます。同じ「ことばのない伝え方」でも、道具がまるでちがいます。
ホタル ―― 光で伝える
ホタルは、光の点滅で相手をさがします。オスとメスが光を出し合って、同じ種類の相手を見つけるのです。光り方のリズムは種類ごとにちがい、ゲンジボタルはゆっくり、ヘイケボタルは速く光ります。このリズムのちがいが、「わたしは同じ仲間だよ」という合図になっています。
アリはにおい、ミツバチは動き、ホタルは光。ことばがなくても、生きものはそれぞれのやり方で、ちゃんと伝え合っているのです。

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ことばの説明
- フェロモン……仲間に情報を伝えるために、体の外へ出すにおいの物質。
- 触角(しょっかく)……頭から出ていて、においやまわりのようすを感じ取る器官。アリの「鼻」のような役目をする。
- 道しるべフェロモン(みちしるべフェロモン)……エサまでの道につけて、仲間に道を教えるにおい。
- 警報フェロモン(けいほうフェロモン)……危険が近づいたことを、仲間にすばやく知らせるにおい。
- 化学コミュニケーション(かがくコミュニケーション)……声や文字のかわりに、においなどの化学物質を使って、情報を伝え合うこと。
まとめ
アリには、声がありません。それでも、エサのありかや、近づく危険や、仲間かどうかを、においを使ってたがいに伝え合っていました。においを運ぶこの物質がフェロモンで、道案内、警報、仲間の見分けと、場面によっていくつもの役目を持っていたのです。
一つひとつのフェロモンが伝えるのは、とても単純な合図です。けれど、その単純な合図を大勢で出し合うことで、声のない小さなアリたちは、巣全体をまとめて動かしていました。においは、アリにとっての「ことば」だったのです。
そして、ことばを持たないのはアリだけではありません。ミツバチは体の動きで、ホタルは光で、それぞれ仲間に伝えています。伝える手だてはちがっても、生きものはみな、自分に合ったやり方で「会話」しているのです。
