巣の奥で、毎日たくさんの卵を産みつづける大きな女王アリ。そのまわりで、子育て・エサ運び・そうじと、せっせと働く小さな働きアリ。すがたも、役わりも、まるでちがう二人です。
ところが、ふしぎなことがあります。
女王アリと働きアリは、どちらも受精卵から生まれるメスです。生まれた時点で完全に別の生きものとして決まっているのではなく、幼虫時代の育てられ方によって、女王になるか働きアリになるかが分かれていきます。
いったい、どこで運命が分かれるのでしょうか。
カギは、生まれつきではなく、生まれたあとの「育てられかた」にありました。この記事では、その入口のふしぎから、「同じ遺伝子なのに、ちがう姿になる」という奥の仕組みまでを、順番に見ていきます。
女王アリも働きアリも、じつは「姉妹」
おどろくかもしれませんが、女王アリも働きアリも、どちらもメスです。アリの卵には、大きく2種類あります。
お母さん(女王)とお父さんの両方からうまれる「受精卵(じゅせいらん)」はメスになり、お母さんだけからうまれる卵はオスになります。女王アリと働きアリは、どちらもこの受精卵から生まれます。
つまり、二人は遺伝子(いでんし=体の設計図)もほとんど同じ姉妹なのです。それなのに、できあがる体は大ちがい。
女王は体が大きく、はねを持ち、卵を産むしくみ(卵巣)が発達します。働きアリは体が小さく、はねはなく、ふだんは卵を産みません。同じ設計図から、なぜこんなにちがう姿が生まれるのでしょうか。

運命を分けるのは、赤ちゃん時代のごはん
いちばん大きなカギは、卵からかえったあとの幼虫(ようちゅう)時代に、どれだけたくさん・栄養のあるごはんをもらえたかです。
じつは、産みたての卵の時点では、女王になるか働きアリになるかは、まだ決まっていません。
アリの赤ちゃん(幼虫)は、自分でエサを食べに行けません。お世話をする働きアリたちが、口うつしでごはんを運んできてくれます。
このとき、たっぷり・栄養まんてんに育てられた幼虫は体が大きくなって女王アリになり、ふつうの量で育てられた幼虫は働きアリになります。同じ設計図でも、「どう育てられたか」で、できあがる体がガラッと変わるのです。
これは、同じ小麦粉でも、こねかたや焼きかたしだいで、パンにもケーキにもなるのに似ています

ごはんの合図を伝える「ホルモン」
「ごはんの量」は、どうやって体つきを変えるのでしょう。その橋わたしをしているのが、体の中の合図役、ホルモンです。
幼虫がたくさん栄養をとると、体の中で「幼若(ようじゃく)ホルモン」というホルモンがふえます。このホルモンが、決まった時期(体つきが決まる大事なタイミング)にある量をこえると、女王になるスイッチが入ります。
「この子は女王コースで育てよう!」
スイッチが入ると、大きな体・はね・卵を産むしくみが発達していきます。ホルモンが少なめだと、スイッチは「働きアリコース」へ。はねはなく、小さくてすばやく動ける体になります。
よく「ミツバチはローヤルゼリーで女王になる」と聞きますが、それはミツバチの話。アリには、ローヤルゼリーのような特別な食べ物はありません。アリでは、ごはんの量や栄養、そして温度などのまわりのようすが、女王か働きアリかを決めています。

同じDNAなのに、使うページがちがう
ここから先は、少し中学生や大人向けの深さです。
女王も働きアリも、持っている遺伝子(DNA)はほぼ同じです。ちがうのは、その設計図の「どのページを開いて使うか」。栄養やホルモンの合図によって、女王では「卵を産む」ページがよく使われ、働きアリでは「エサ集め」「巣の世話」のページがよく使われます。
同じ本でも、開くページがちがう——このしくみを「エピジェネティクス」とよびます。一つの遺伝子から、まったくちがう姿(これを「カースト」といいます)が生まれる、生きもののすごいワザです。
おもしろいのは、巣の「都合」も関係していることです。生まれたばかりの小さな巣では、まず働き手をふやさなければなりません。
そこで働きアリは、幼虫に与えるエサの量をおさえ、働きアリばかりを育てます。巣が大きく育って余裕が出てくると、ようやくたっぷり栄養をかけて、新しい女王を育てはじめます。
さらに、すでに女王がいる巣では、女王の出す「におい(フェロモン)」が「もう新しい女王はいらないよ」という合図になり、新しい女王ができにくくなることもあります。
巣全体の状態に合わせて、必要なアリが育てられていくのです。
ただし、すべてのアリがまったく同じやり方というわけではありません。種類によっては、生まれる前(卵の段階)の母親の影響が大きいものや、温度が強くきいてくるものもいます。
それでも、「同じ遺伝子から、育ちかたでちがう姿が生まれる」という大すじは、多くのアリに共通しています。

同じ生まれなのに、なぜちがう姿になるの?
生まれたときは同じなのに、育ちかたで姿が変わる——これはアリだけの話ではありません。「同じ生まれなのに、なぜちがう姿になるの?」という同じ問いで、ほかの生きものともつながります。
ミツバチ:ローヤルゼリーで女王になる
ミツバチは、アリととても近い仲間です。はたらきバチも女王バチも、もとは同じ卵から生まれます。ちがいは、幼虫が「ローヤルゼリー」という特別な栄養食をどれだけ食べつづけたか。
たっぷり食べた幼虫だけが女王バチになります。「ごはんで運命が変わる」点は、アリとそっくりです。
トノサマバッタ:混みぐあいで姿が変わる
トノサマバッタは、まわりにいる仲間の数で姿が変わります。少ないときは、おとなしい緑色の「孤独相(こどくそう)」。混みあって育つと、はねが長く、活発な黒っぽい「群生相(ぐんせいそう)」に変わります。
同じ遺伝子なのに、育つ環境で別人のようになるのです。
姿を決めるのが「ごはんの量」でも「まわりの混みぐあい」でも、答えは同じところにたどり着きます。生きものは、生まれつきだけでなく、育ちかた(まわりの合図)によっても姿を変える——これが、いのちに共通するおもしろさです。

ことばの説明
- 受精卵(じゅせいらん)……お母さんとお父さんの両方からうまれる卵。アリではメスになり、女王にも働きアリにもなれます。
- 幼虫(ようちゅう)……卵からかえったばかりの赤ちゃん。自分でエサを食べられず、働きアリに育ててもらいます。この時期の育てられかたで、運命が分かれます。
- 幼若ホルモン(ようじゃくホルモン)……体の中の合図役。決まった時期にある量をこえると、女王になるスイッチが入ります。
- カースト……同じ巣の中の、女王・働きアリといった役わりのちがい。生まれつきの性格ではなく、育ちかたで決まります。
- エピジェネティクス……同じDNAでも、使うところ(開くページ)を変えることで、ちがう姿やはたらきが生まれる仕組み。
まとめ
- 女王アリも働きアリも、同じ受精卵から生まれた姉妹で、遺伝子もほぼ同じです。
- 運命を分ける一番のカギは、幼虫時代にもらうごはんの量と栄養。卵の時点ではまだ決まっていません。
- ごはんの合図はホルモンを通して、体つきのスイッチを切りかえます。
- DNAは同じでも、使う部分(開くページ)がちがうことで、別の姿になります(エピジェネティクス)。
- ミツバチやトノサマバッタも、育ちかたで姿が変わります。「同じ生まれなのに、ちがう姿になる」のは、いろいろな生きものに共通する不思議です。

つぎに公園や庭で働きアリを見かけたら、思い出してみてください。
その小さな一匹も、女王と同じ卵から生まれた姉妹で、ただ育ちかたによって別の役割をになうことになった一匹です。女王も働きアリも、どちらが上でも下でもなく、巣という一つの社会をささえる、なくてはならない個体。
アリの巣は、「生まれ」ではなく「育ち」が運命を決める、ふしぎでよくできた世界なのです。
