地面をつづくアリの列は、だれかが先頭で指揮をしているわけでも、一匹一匹が地図を持っているわけでもありません。それでも列は乱れません。
そのカギは、アリが地面に残す「道しるべフェロモン」というにおいと、たくさんの個体が単純なルールを守るだけで全体が整う「自己組織化」という仕組みにあります。
この記事では、その入口の不思議から、奥にある原理までを順番に見ていきます。
一匹一匹は、地図を持っていないのに
夏の道ばたで、アリの列をじっと見たことはありますか。何十匹ものアリが、細い一本の道をきれいにたどって往復しています。ためしに列の真ん中の一匹を、そっと数センチ横へずらしてみます。
すると、そのアリはしばらくうろうろして迷います。一匹だけ取り出すと、行き先が分らなくなってしまうのです。
ふしぎなのはここからです。一匹は迷うのに、列そのものは乱れません。先頭が交代しても、何匹かが横道にそれても、全体としては細い道がきちんと保たれます。
だれもリーダーがいないのに、どうして列は形をたもてるのでしょうか。

アリの行列って、そもそも何?
アリの行列は、巣とエサ場を結ぶ「通り道」です。エサを見つけた働きアリが、エサのかけらを巣まで運び、また取りに戻る。その往復をたくさんのアリがくり返すうちに、同じ道筋を通る一本の列ができあがります。
つまり行列は、はじめからそこにある道ではありません。アリたちが通ることで、あとから生まれてくる道なのです。では、その道はどうやって「ここを通ればいい」と、たがいに伝わっているのでしょうか。

どうして列は乱れないの?
アリは歩きながら、おなかの先から「道しるべフェロモン」というにおいの物質を、点や線のように地面に残していきます。後ろから来たアリは、このにおいが濃いほうへ進もうとします。これがいちばん大事なルールです。
においが濃い道に、アリが集まる
はじめは、アリはあちこちへばらばらに歩きます。そのなかでエサにたどり着いたアリは、帰り道ににおいを残します。
エサがあった道はにおいがつけ足されて、だんだん濃くなります。においの濃い道には、もっと多くのアリが集まります。集まったアリがまたにおいを足すので、道はさらに濃くなります。
「濃いから集まる、集まるからもっと濃くなる」——この同じことがくり返されて、一本の道がはっきりしてくるのです。
使われない道は、においが消えていく
道しるべフェロモンには、もう一つ大事な性質があります。時間がたつと、においは空気中へ少しずつ消えていくのです。だから、遠回りの道やまちがった道は、新しくにおいを足すアリが少ないため、においがうすれてやがて消えます。
よく使う近道だけがにおいを保ち、使わない道は自然に消える。こうして列は、よけいな枝道を残さず、すっきりと乱れない形に近づいていきます。
ここで気をつけたいことがあります。アリは「列を守ろう」「みんなで協力しよう」と考えているわけではありません。一匹一匹は、「においが濃いほうへ進む」「通ったらにおいを残す」という、ごく単純な決まりに従っているだけです。
それでも結果として、全体ではととのった列になります。仲間思いに見える行動も、その正体は一匹ごとの単純なルールの積み重ねなのです。

ばらばらのルールから、ととのった列が生まれる
ここから先は、少し中学生や大人向けの深さです。アリの列は、「自己組織化(じこそしきか)」という考え方のとても分かりやすい例として、科学の世界で長く研究されてきました。
自己組織化とは何か
自己組織化とは、全体をまとめる指揮者がいないのに、一つ一つの部品が単純なルールに従うだけで、全体としてはととのった形やはたらきが生まれることをいいます。
アリの場合、部品は一匹のアリ、ルールは「においをたどる・においを残す」の二つだけです。それでも集団になると、迷わない一本の道という秩序が、ひとりでに立ち上がります。
2本の橋の実験:近道はどうやって選ばれるのか
研究者たちは、アリの巣とエサ場を、長い橋と短い橋の二本でつなぐ実験をしました(アルゼンチンアリを使った有名な研究です)。はじめ、アリは二本の橋に半分ずつ散らばります。
ところが短い橋を通ったアリは、エサと巣のあいだを早く往復できます。早く往復できるぶん、短い橋にはにおいが速くたまっていきます。
においの濃くなった短い橋に、後から来たアリがますます引き寄せられ、やがてほとんどのアリが短い橋を選ぶようになりました。
だれも橋全体を見わたして「こっちが近い」と判断したわけではありません。一匹ごとの単純なルールと、においがたまる速さのちがいだけで、結果的に近道が選ばれる。
これが自己組織化の力です。

渋滞しにくい流れ
同じ仕組みは、混みすぎを防ぐのにも役立ちます。一本の道にアリが集まりすぎると、ぶつかってうまく進めなくなります。すると、においのつき方や進み方が少しずつ変わり、行きと帰りの流れが分かれたり、道の幅が調整されたりします。
一匹ごとの反応の積み重ねが、結果として流れのよい列をつくっているのです。
動物はなぜ迷わないの?
地図を持たない小さな生きものが、それでも迷わずに動ける——これはアリだけの話ではありません。「動物はなぜ迷わないのか」という同じ問いで、ほかの生きものともつながります。
ダンゴムシ:体にきざまれたルール
ダンゴムシは、かべにぶつかると右・左・右と交互に曲がる性質があります(交替性転向反応といいます)。同じ方向に偏らないことで、効率よく遠くまで逃げ、広く探索できます。
アリが「においという外の手がかり」を使うのに対し、ダンゴムシは「体にきざまれた曲がり方のルール」で迷いを防いでいます。
手がかりはちがっても、単純なルールで道に迷わないという点はよく似ています。
ミツバチ:太陽を時計がわりにする
ミツバチは、太陽の位置を方角の基準にする「太陽コンパス」を使って巣に帰ります。
さらに、見つけたエサ場の方向と距離を、巣の中でのダンスで仲間に伝えることも知られています。アリもじつは、においだけにたよっているわけではなく、太陽の角度やまわりの景色を手がかりにすることが研究で分かってきています。
においの道しるべ、体のルール、太陽の角度——使う手がかりはちがっても、「簡単な手がかりとルールの組み合わせで、地図なしでも迷わない」という共通の答えにたどり着きます。これが、生きものたちのナビゲーション(道さがし)に共通するおもしろさです。

- 道しるべフェロモン……アリがおなかの先から地面に残す、においの物質。後から来たアリは、このにおいの濃いほうへ進みます。
- 自己組織化(じこそしきか)……全体をまとめる指揮者がいないのに、一つ一つが単純なルールに従うだけで、全体にととのった秩序が生まれること。
- 正のフィードバック……「においが濃いから集まる、集まるからもっと濃くなる」のように、ある変化がさらに同じ変化を強める仕組み。
- 交替性転向反応……ダンゴムシなどが、右・左・右と交互に曲がる性質。同じ方向に偏らず、広く動けます。
- 太陽コンパス……太陽の位置を方角の基準にして、進む方向を知る仕組み。ミツバチなどが使います。
まとめ
アリの行列が乱れないのは、リーダーがいるからでも、一匹一匹がかしこく道を覚えているからでもありません。
「においの濃いほうへ進む」「通ったらにおいを残す」という単純なルールを、たくさんのアリが守るだけで、近道がえらばれ、使わない道は消え、ととのった一本の列がひとりでに生まれます。これが自己組織化です。
一匹を取り出すと迷うのに、集まると迷わない——その不思議の正体は、一匹ごとの小さなルールの積み重ねだったのです。
